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下読み男子と投稿女子感想

(本稿は『下読み男子と投稿女子』のネタバレを含みます)

 『下読み男子と投稿女子~優しい空が見た、内気な海の話。』(野村美月著、ファミ通文庫)は新人賞の下読みをテーマにしたライトノベルだ。二時間ぐらいで一気に読み切ってしまった。さすが野村氏だけあってリーダビリティが卓越している。

 本作はラノベを書いて投稿している氷雪に下読みバイトをしている青がアドバイスしながら交流を深めていく話だ。あとがきによると野村氏は実際に下読みバイトをされているとのこと。人気作家の野村氏が一次審査の下読みなんて贅沢すぎるが、色んな作品が読める一次審査が好きなのだそうだ。
 本作は野村氏の実体験を元に描かれているので、報酬は一作平均三千円だとか、新人賞の第一回は傾向が定まっていないのでカオスな作品が集まるとか、学生が印刷代を節約しようとB5用紙にぎちぎちに印刷して応募してきたといった下読み蘊蓄が面白い。

 作中、氷雪が評価シートで「ストーリーが雑で、文章が安直で、低俗で、見苦しくて、主人公が不快で……構成に説得力が皆無で、全体に独りよがりで、楽しめない」と酷評されたと落ち込むシーンがある。青はあからさまに上から目線で批判を書き連ねる困った下読みもいると聞いたことを思い出し、たまたま運が悪かっただけで、氷雪の作品にはいいところもたくさんあったと慰める。作品の良い所を読み取ってあげたいという野村氏の優しさがあふれていて、先ごろ某レーベルから高評価項目が一か所もない酷評評価シートを受け取った私は大いに慰められた。

 また、本作はライトノベルの書き方講座にもなっていて、勉強になる。

「ただ『俺はぼっちではみ出しものだ』って説明するより、どんなふうにぼっちだったのか、そのことをどう思っていて、どうしたかったのかを書いてあげれば(中略)共感してもらえる」

「二次に上げるかどうかの判断っていうのは、冒頭がとても重要なんだ。最初のページを読んで、あ、この原稿は二次に上げられそうだなって思うと、そういう目線で読むから、途中よほど失敗しないかぎり、そのまま二次に進める確率が、おれにかぎって言えば高いんだ。」

「印象に残る描写には、ポイントがあるんだ」「それを見ている人の、心が反映されていること」「哀しいときに見る景色は淋しい色をしていて、嬉しいときに見る景色は、きらきらして明るく感じるだろ? だから、その景色を見ている視点人物が、どういう気持ちでいるのかを考えて描写すると、気持ちと情景がシンクロして、読者の胸にも響くんじゃないかな。」

と言ったアドバイスにはなるほどと思い、野村氏の読者を引きこむ文章力の秘訣の一端を知ることができた。

 もう一つのストーリー上の軸は青と氷雪の恋愛で、相思相愛なのにお互い自分は相手になんか釣り合わないと思っているのでなかなか仲が進展しないというベタな内容なのだが、心情を掘り下げて書いているので感情移入させられる。特に、友達がいない氷雪のネガティブ思考は覚えのあるものなので、誰に対しても優しい青に惹かれる気持ちが良く分かるし、青に自作を認めてもらえてうれしいシーンでは私まで救われたような気分になった。

 私はそれほどどんどん小説を読めず、面白い小説だけを読みたいので、下読みの仕事をやる気にはならない。一次選考の稚拙な小説でも楽しんで読める野村氏は本当に小説を愛し、小説に愛された人なんだなあと感じ、羨ましい。