東雲製作所

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修羅の半額弁当

 駅前にある大型スーパーでは、午後八時に弁当が半額になる。以前は八時半頃に行っても半額弁当が買えたのだが、最近は八時十五分頃には弁当コーナーがすっからかんになっていることが多い。そこで、七時五十分頃に行き、半額シールが貼られるのを待ち構えることにした。

 七時五十五分頃になると、弁当、惣菜売り場の周辺に客が集まり始めた。良い場所を確保したいが、あまりに長時間最前列を占拠しているのも気まずいということで、そこかしこでポジションをめぐる微妙な駆け引きが繰り広げられている。
 残っている弁当は十数個。600円以上する国産牛弁当が3つ。450円のハンバーグ弁当が3つ。特製ハンバーガーが1つ。400円の鮭のり弁とコロッケのり弁は2つと4つ残っている。私の狙いはハンバーグ弁当、次いで鮭のり弁だ。

 惣菜、弁当コーナーはコの字型のテーブルで、下辺部分に弁当が並んでいる。ハンバーグ弁当は中央付近、のり弁は左端にある。
 私は密集を避け、左端付近に陣を敷いた。鮭のり弁を確実に押さえ、あわよくばハンバーグ弁当を狙おうという作戦だ。
 弁当コーナーの周囲には、コロナ禍などどこふく風で、二重の人垣が形成されている。まるで獲物を狙うカモメの群れのようだ。

 ここで動きが出た。一人の主婦が3割引のハンバーグ弁当をかごに入れたのだ。これでハンバーグ弁当は残り2つ。場に緊張が走る。
 だが、主婦は3割引の値札を見て、ハンバーグ弁当を棚に戻した。戻した場所は棚の端。私の目の前だ。遠かったハンバーグ弁当が目の前に転がり込んできた。大チャンスだ。

 ところが、喜んだのもつかの間、こんどは別の女性が戻されたばかりのハンバーグ弁当をかごに入れた。すでに半額シールを持った店員が惣菜コーナーの横でスタンバイしているというのに、彼女は弁当を棚に戻そうとはしない。まさか、八時から半額になることを知らない素人か。わずか数分の差で2割も損するとは可哀想に。私は彼女を憐れんだ。


 八時の時報が鳴り、店員が半額シールを貼り始めた。惣菜から貼っていくので弁当まで来るにはタイムラグがある。弁当狙いの猛者達は半額の時をじりじりと待っている。
 ついに店員が弁当にシールを貼り始めた。阿修羅の如く腕が伸び、特製ハンバーガーや国産牛弁当が瞬く間に消えていく。ハンバーグ弁当も数秒以内に奪取され、私のあわよくばなどという甘い目論見は打ち砕かれた。

 私が鮭のり弁狙いに気持ちを切り替えた時、事件が起きた。先ほどの女性がカゴから3割引のハンバーグ弁当を取り出し、店員の前に差し出したのだ。店員が半額シールを貼りつける。女性はハンバーグ弁当をカゴに戻すと、戦場から立ち去った。
 何たる非道! 何という外法の者! 私は激怒した。

 こんなことが許されるのなら、昼頃にやってきてめぼしい弁当をすべてカゴに入れて待機、八時に半額シールを貼ってもらって半額で買うということもできてしまう。そうなれば店は定価で売れたかもしれない弁当を半額で売ることになり、大打撃だ。

 外法の者よ。もし誰もがシールが貼られる前の弁当をカゴにいれて待機するようになったら、八時に来ても弁当が買えなくなってしまう。そうなると、先んじて弁当を押さえようと、七時五十分、七時半、七時とどんどん先に来て弁当を確保しなくてはならなくなる。弁当売場は弁当をカゴに入れ、無為に立ち尽くす亡者達であふれるだろう。
 お前はちょっとぐらい良いだろうという軽い気持ちで地獄の釜の蓋を開けてしまった。こんな非道は絶対に許されない。絶対にだ!

 私が我に返ると、すでに鮭のり弁は棚から消えていた。私はあわてて残り2個しかないコロッケのり弁の一つをカゴに入れると、レジに向かった。


 『ベン・トー』という半額弁当争奪戦をテーマにした傑作ライトノベルがある。そこで半額弁当を奪い合う狼(半額弁当を奪い合う戦士)達は相手を殴ったり蹴ったり必殺技で吹き飛ばしたりはしていたが、戦いは半額神(半額シールを貼る店員)がバックヤードに去ってから行っていた。現実はフィクションよりもさらに修羅であった。末法の世とはこのことだ。私は嘆息した。

 ところが、翌日、弁当売り場を訪れた私は拍子抜けした。昨日の修羅とは打って変わって、半額弁当を狙う人は数人ほど。弁当売り場は平和そのもので、私はらくらく目当ての弁当を手に入れることができた。

 思えば、昨日は弁当ポイント10倍デー。だからあれほど弁当売り場が殺気立っていたのか。
 しかし、このスーパーでは200円1ポイントなので、半額ハンバーグ弁当を買ってもつくポイントは10ポイント。得するのは9円だけだ。
 くだんの女性も9円引きセールと言われても真人間のままだったろうに、ポイント10倍の魔力によって修羅道に堕ちてしまった。ポイントの恐ろしさを胸に刻み、もって他山の石としたい。