こんにちは。私はジェシカ。コロラド州にある人口2000人の田舎町に住む女子高生よ。
同級生はよく車で二時間のデンバーまで買い物に行ったりしてるけど、私は行ったことがない。うちはシングルマザーで車がないの。
私の町にはゴルフ場とスキー場と野生動物保護区があるけれど、私はゴルフはやらないし、スキーもそんなに好きじゃないし、野生動物にも興味がないの。
楽しみと言えば、母のお古の契約していないスマホでソリティアをすることぐらい。
家族や友達との仲は悪くないし、自分が不幸だとは思わない。でもふとした時に、このままこの小さな町に閉じ込められて一生を終えるのかと考えると、すごく絶望的な気分になるの。
3年前、私は弟のロイにせがまれて、自転車で家から5キロ先にある最寄り駅まで列車を見に行った。一日一回、11時22分に、シカゴとサンフランシスコを結ぶ大陸横断鉄道の列車が地元の駅に停車するの。夢中になって列車を眺めるロイをよそに、私はスマホでソリティアをしていた。
ふと、私はスマホの画面の右上にWi-Fiのアンテナが立っていることに気が付いた。市役所、図書館、カフェ。町中探し回っても見つからなかったWi-Fiの電波。それが大陸横断鉄道の列車から発せられていたの。
それからというもの、毎週日曜にロイを自転車の後ろに乗せて駅に行き、大陸横断鉄道のフリーWi-Fiに接続するのが日課になった。YouTube、インスタグラム、TikTok。ロイと一緒に世界中のあらゆるサイトを見て回ったわ。中でも私達が気に入ったのがはてなブックマーク! ユーザーの集合知で面白いサイトを集めるなんて、なんてエクセレントなサイトなの! 記事やコメントにつける色とりどりのスターも素敵! 翻訳サイトにかけて、むさぼるように読みふけったわ。
面白い記事はダウンロードして繰り返し読んでいたら、一年が経った頃には日本語のままでもある程度読めるようになっていた。
大陸横断鉄道が停車する5分間、それは私達にとって唯一外の世界に繋がれる時間だったの。
はてなブックマークにどっぷりはまった私は、いつしか読むだけでは飽き足らなくなっていた。たまらなくスターが欲しくなっていたの。私はダウンロードした記事について朝も昼も夜も、授業中も放課後も、一週間考えに考えて、ついに渾身のブコメをひねり出した。このブコメならきっとスターがもらえるに違いない。
私は自信満々に初めてのブコメをつけたけれど、翌週、ブクマページを開いてみて愕然とした。そこには一つもスターがついていなかった。落ち込む私にロイが言った。
「1週間前の記事にブコメをつけたからじゃないの? 」
ロイの分析によると、ほとんどのスターは記事が人気エントリー入りしてから一日以内についている。一週間前の記事のブクマページなんか誰も見ていないというのだ。
聞いて私はショックを受けた。この町では一カ月前のことでも最新のニュースのように話されていると言うのに、はてなブックマークでは一日前の記事ですら忘れ去られている。何て忙しないのかしら。
再び巡ってきた日曜日。肌寒い空気を浴びながら、私は自転車で駅への道を走っていた。後ろに乗るロイはこの一年でだいぶ背が伸び、私の背に追いつこうとしている。でも自転車をこぐのは姉である私の役目だ。立ちこぎで緩やかな上り坂を一歩ずつ昇っていく。
ロッキー山脈が白く染まり、私の住む町も水曜には降雪が予報されていた。雪の季節が訪れたら、この町は春まで雪が消えることはない。自転車で駅に行けるのは今週が最後になるだろう。
大陸横断鉄道が停車する5分間。その間にブコメをつけるしかない。列車の到着を今か今かと待ちながら、私は決意した。
定刻から十分遅れで列車がホームに到着する。列車が停車するより先に飛んできた電波を捉えてフリーWi-Fiにログイン。即座にはてブにアクセスする。人気エントリーを確認し、ブコメをつけられそうな記事をピックアップ。政治系記事のブクマが伸びているけれど、あいにく私は日本の政治には詳しくない。増田で大喜利をやっている。狙うならここだ。
増田記事を開く。ブコメをざっと確認した後、私は思考の海に沈んだ。脳の中のあらゆる引き出しをひっくり返して、ぴたっとはまるブコメを探していく。だが無常にも私が良いブコメを思いつく前に、大陸横断鉄道発車のベルが鳴った。ロイが思いついたかもと目をやるが首を振っている。私の心が絶望に染まった。今年最後の列車が動き出し、この町から離れていく。
「後ろに乗って! 」
ロイの声に我に帰る。ロイが自転車に乗ってこちらに手を差し出していた。
「僕が自転車で列車を追いかける。ジェシカはブコメを考えて! 」
私が後ろに飛び乗ると同時に、ロイが自転車をこぎ出した。ロッキー山脈に向かってゆっくりと加速していく巨大な列車を必死に追いかける。
その瞬間、私の脳内に天啓が訪れた。左手でロイに捕まりながら、右手の親指で一心にキーボードをたたく。
Wi-Fiのアンテナはもう1本しか立っていない。私は保存ボタンを押した。ロイが全力で列車に追いすがる。永遠のような数秒の後、更新中のマークが消えて、「ブックマークが追加されました」というメッセージが表示された。
「投稿できた! 」
私の叫びと同時に、ロイが力を緩める。力を使い果たした私達は、列車がロッキー山脈へと消えていくまでその場に座り込んでいた。
あの時つけたブコメは長い冬の間に137個のスターを集め、注目エントリー入りしていた。ロイと手を取り合って跳ねまわったあの春の日を、私は一生忘れないだろう。
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