福田康夫首相は退任会見で記者に「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです。」と言って話題になった。
昔のことを思い出したのは、最近下記の増田記事を読んだからだ。
これを読んだ私は、「確かにはてブは左寄りだよな。初期にたまたま生じた偏りがエコー・チェンバーで拡大したんじゃないの? 」 と思い、そう書こうと思ってブクマを見たら面食らった。左翼じゃないというコメントが人気コメントのトップ3を占めていたからだ。
すいません。その前に「さっさとホテルニューオータニの明細だせよ」と意見を述べるとなぜ「左翼認定」されるのか教えてもらえますか
政治家の不正に厳しいと左翼なの?
むしろ、はてブ外のネットが「桜を見る会を批判するのは左翼」みたいな状況になってしまった理由なんなの。昔のネット右翼は中国の捏造統計を馬鹿にしてたのに、最近はすっかり捏造に寛容になったしな…。
4位と5位も自分は中立だというコメントだった。
自民党政権だろうが民主党政権だろうが良くないと思った事には良くないって言うよ。
正直言えば自民党支持していた時期もあったし今あまり積極的に支持したい政党もないので右も左も自覚はないんだけどここ数年の自民はとても支持できない
6位にやっと左寄りだというコメントが入っていた。はてブが左寄りだと同意しているのは人気コメント中この一つだけだった。
昔はもっとゴリッゴリの左翼だったよ。ネットで左寄りのコミュニティってはてな(ダイアリーとブクマ)くらいしかなかった。町山と津田がふつうにブクマカだったし。今なんか相当右が入り込んでる。(15年選手より)
確かに政権批判=左翼ではないので、上位コメントの言うことにも一理ある。実際、中道派や右派で政権批判している人もいるだろう。だが、こんなに左寄りじゃないというコメントばかりだと不安になる。左翼的なブコメをつけているブクマカが大勢いるのに、左翼じゃないというコメントばかりが人気だということは、客観的に見れば左翼なのに自分は左翼だと思っていないブクマカが結構いることを示唆しているからだ。
ネット右翼の人がよくプロフィールに、「右でも左でもない普通の日本人」と書いていると話題になったことがある。はてなーも同じ陥穽にはまっているのではないか。
右か左かは好みの問題だ。アメリカのように活発にイノベーションが起こる社会が良いのか、北欧のように高福祉の安心な社会が良いのかは人によって異なるのでどちらが正しいというものではない。ラーメンが好きかカレーが好きかみたいなものだ。
左翼じゃないというコメントから感じるのは自分は正義で相手は悪だという意識だ。右と左なら対話が成立するが、正義と悪では対話が成立しない。
桜を見る会問題は政治資金規制法違反の犯罪だったので悪と言ってしまっても良いかもしれない。だが、政治には他にも論点があるので、「桜を見る会問題を起こした安倍政権を支持する奴は悪」となると問題だ。
「自分が正義で相手が悪」の何が悪いのか。世界がラーメン派とカレー派で二分されている世界で、ラーメン好きの人を例に解説しよう。
第一に「自分が正義で相手が悪」という態度では、相手に自分の意見を届けることができない。
「ラーメンこそ正義。カレー好きなど悪」などと言ってもラーメン好きは増えない。いらぬ反発を生むだけだ。それよりおいしいカレーラーメンを提案した方が良い。
第二に「自分が正義で相手が悪」だと思っていると、思考が硬直化してしまう。
「ラーメンこそ正義。カレー好きなど悪」だと思っていると、おいしいカレーの情報を得ても試さない。本来おいしいものを食べるのが目的のはずなのに目的と手段が転倒している。
かく言う私もしばしば政権批判ブコメを書き込んでいるので他人事ではない。
左右に偏っていることはその人の個性なので別に良いが、偏っていることを忘れると袋小路にはまってしまう。
福田元首相のように自分を客観視することを忘れないよう気をつけたい。