東雲製作所

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パラサイト 半地下の家族感想――失われた複雑さ

(本稿は「パラサイト 半地下の家族」の抽象的ネタバレを含みます。)

「パラサイト 半地下の家族」(ポン・ジュノ監督)はカンヌ国際映画賞やアカデミー賞を受賞した2019年の世界的大ヒット作である。
衝撃的な結末だと聞いていたので、半地下一家が上流一家を皆殺しにし、顔の皮を被ってなりすますのかと思って見ていたら、そこまで陰惨ではなかった。バッドエンドではあるのだが、ちゃんと悪者が悪事の報いを受けているので「鬼滅の刃劇場版」に比べれば不条理感は薄かった。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を連想した。

超貧乏だが仲良しの犯罪一家の造形が「万引き家族」と、金持ち一家と貧乏一家を対比的に描いている所が「そして父になる」と似ている。貧困層を可哀想な人として描かず、ちょっとやり過ぎであり、感情移入できないなあ、というレベルの悪事を働かせる所も似ている。
だが、「万引き家族」と比べると脚本が滅茶苦茶練りこまれている。「万引き家族」は自然な演技を重視しているためストーリー的には退屈な所もあったが、「パラサイト」は途中から完全に斜め上の方向に進んでいくし、スリリングでエンターテイメント性が高い。

本作の脚本には学ぶべき点が多い。一つは勢力Aが勢力Bを一方的にやり込める展開より、同レベルのAとBがぎりぎりの勝負をする方が面白いということ。もう一つはAとBにフォーカスしておいてCを出してくると意表を突けるということだ。

テーマ的には、地下から誰にも届かないかもしれないメッセージを送るというモチーフが心に染みた。人はどんな状況になってもメッセージを発せずにはいられないということだし、誰かが地下からメッセージを送っているのに見えていないのかもしれないとも感じた。


本作が日本でヒットしたのはたった一年前なのだが、この一年ですっかり世界は変わってしまった。コロナ禍によってこういう善悪がはっきりしない物語がヒットしにくくなっているように感じる。
パラサイトの主人公ギウは家族想いではあるが、平気で人を騙すし、スケコマシだし、好きになれない造形である。私は最初の家庭教師のシーンで嫌いになったので、早く嘘がバレて惨めに転落すれば良いのに! と思いながら観ていた。監督は悪どい金持ちと可哀想な貧乏人みたいな単純な構図にしたくなくてこういう造形にしたのだろう。

今年のヒット作である「鬼滅の刃」や「半沢直樹」はみな主人公に感情移入して観ている。下限の壱に感情移入して、炭治郎を絶望の内に殺してやりたいなあと思っている観客や、幹事長に感情移入して生意気な半沢直樹を捻り潰してくれるわ、と思って見ている観客など皆無だろう。
もともと客層が違うのだとも言えるが、パラサイトは世界的にヒットした娯楽作だ。コロナ禍以降のヒット作で、看過できない悪事を働いておりあまり感情移入できない奴が主人公の作品は思いつかない。観客が感情移入できない複雑な作品を楽しむような余裕を失っている。

「パラサイト」や「万引き家族」がテーマとしていた格差の問題は全然解決しておらず、むしろ大きくなっているのだが、全然取り上げられなくなった。
家族と会えない人も多い現状から見ると、半地下の家族は貧乏ではあるが十分幸せそうだ。本作の展開は劇的だがパンデミックで都市封鎖になる方がもっと劇的だ。
警戒警報が鳴り響いているような状況では、複雑な響きの音楽を楽しむことはできないのだ。