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クライマーズ・ハイ感想――冴えないおじさんの人生だって面白い

(本稿は『クライマーズ・ハイ』の抽象的なネタバレを含みます。)

クライマーズ・ハイ』(横山秀夫著、文藝春秋)は日航機墜落事故を報じる北関東新聞社内の出来事を追った2003年の小説だ。
読んで感じたのはこの20年でエンタメセオリーが大きく変化したということだ。『クライマーズ・ハイ』は映画化もされたベストセラーだが、当時はこういうじっくりとした小説がベストセラーになるぐらい社会に余裕があったのだろう。
クライマーズ・ハイ』は現代エンタメセオリーをことごとくぶち破っている。具体的には下記の通りだ。

1)登場人物が冴えないおじさんばかり
昭和六十年の新聞社を舞台にしているので、主要登場人物がおじさんばかりだ。しかも格好よいのは部下の佐山ぐらいで、他は人生に疲れきった冴えないおじさんばかりである。
主人公で日航全権デスクに就任する悠木も、たまに格好良い所を見せたかと思うと、すぐにまた日和ってしまいぱっとしない。悠木に立ちはだかる敵も巨悪などではなく、社内政治に汲々とする小物ばかりだ。

現代のヒット作は若者が主人公であることが多い。中年読者も昔は若者だったため、若者主人公にも共感することができるが、若い読者は中年だった経験がないため、中年主人公に共感することは難しい。
冴えないおじさんが主人公の作品もあるが、ほぼ例外なく作中で格好良く変貌する。
現代の読者は現実に疲れきっているので、冴えないおじさんが冴えないままという現実そのままの物語など読みたくないのだ。


2)掴みが遅い
現代の読者はせっかちなので、スピーディーな展開にしないとすぐに投げ出してしまう。読者の心を掴むぐっとくるシーンを早めに入れるのが重要だ。
本作の問題点は主人公悠木がやる気を出すのが遅いことだ。悠木は全権デスクなど自分には荷が重いと思っており、嫌々務めているが、ある出来事をきっかけとして、主体的に取り組むようになる。だが、それが全編の40%も過ぎてからなのだ。
現代の読者は早く気持ちが良いシーンを読みたがっているので、本作のように長編の40%をすぎるまで主人公に見せ場がないような構成は許されない。


3)主人公の動機に共感できない
現代でヒットしているのは万人が共感できる物語だ。鬼滅の刃を観ている人は誰もが炭治郎に無惨を倒してほしいと思っているし、半沢直樹を観ている人は巨悪を叩きのめしてほしいと思っている。

本作の主人公悠木は社内の敵対勢力と日航の記事を一面にするか社会面にするかといったことで戦っているが、私はどうでも良くないか、と思ってしまった。
本作の新聞記者達は他紙より一日早くスクープを抜くことを最大の名誉だと考えているが、読者からすれば、一日早く知ることによるメリットなど何もない。新聞記者なら共感できるのかも知れないが、部外者の私からすればコップの中で小さな争いをしているという印象しかない。
新聞記者でも沖縄密約を暴いた毎日新聞西山記者のような人を主人公にすれば、記事が社会に与える影響は大きいし、敵は強大だし、もっと劇的な話になっただろう。日航機墜落事故では新聞記者が頑張っても事件そのものには何の影響も及ぼせないので、小説の題材には向いていない。


このように、『クライマーズ・ハイ』の設定は現代エンタメセオリーにことごとく反しており、面白くなりようがない。にも関わらずめちゃくちゃ面白い。実際に著者がモデルとなった新聞社に勤務していただけあって、文章から汗の匂いまでもが漂ってくるかのようだ。圧倒的なディティールと文章力で読者を作品世界に引きずり込み、全てをねじ伏せてしまっている。お手上げだ。

本作から言えるのは、冴えないおじさんの人生だって面白く描くことができるということだ。それは取りも直さず冴えないおじさんだって人生を面白くすることができるということでもある。
外から見て格好良いか悪いかなど関係ない。本人の心に情熱さえあれば、面白い人生にできるのだ。

冴えないおじさんの一人として、勇気をもらった一作だ。