東雲製作所

東雲長閑(しののめのどか)の書評サイトです。ジオシティーズ(http://www.geocities.jp/shinonomenod/)から移転してきました。

カーリングはなぜ面白いのか

 平昌オリンピックで、カーリングの人気が盛り上がっている。2月19日夕方の時点で女子は4勝2敗、男子は3勝3敗と健闘している。
 はてブでも、日本代表女子の和気あいあいとした様子を報じた記事がホットエントリーに入っていた。

headlines.yahoo.co.jp


 キャラクターは別にしても、カーリングには見始めるとついつい見入ってしまう魅力がある。カーリングが面白い理由を考えた結果、カーリングはルール上つまらない試合になりにくいということに気がついた。その理由を述べる。


1)一試合のうち10回緊張と緩和が繰り返される。
 人が面白さを感じる要素に「緊張と緩和」がある。野球の面白さは主に「緊張と緩和」から成り立っている。塁にランナーが溜まっていくにつれて緊張が高まり、ツーアウト満塁にでもなれば、緊張はマックスになる。その後点が入るかチェンジになるかすることでいったん緊張が緩み緩和が訪れる。観客は徐々に緊張が高まり一気に緩和されることの繰り返しに快楽を感じる。
 野球の場合、緊張と緩和が起こるかどうかは試合展開任せだ。例えば「チームAが初回にタイムリーヒットで3点取って以降は投手戦になり、お互いほとんどランナーを出せずに試合終了」みたいな試合の場合、観客が緊張と緩和を味わえるのは一回だけである。つまり面白い試合になるかどうかはやってみないと分からないということだ。

 カーリングは10エンド戦うが、エンドのラストショットは必ず得点にからむショットになるので、構造上緊張が訪れないということがあり得ない。また、緊張と緩和が多すぎると一回当たりの緊張が薄まってしまったり、緊張しすぎて疲れてしまったりするが、一試合中十回というのは多すぎず少なすぎず程よい回数だ。
 カーリングはルール上、必ず程よい回数の山場が出現するようにできている競技なのだ。


2)点差が離れるとコンシードするのでだれた展開にならない。
 スポーツは筋書きのないドラマと言われる。スポーツが面白いのはどちらが勝つか分からないから。大きな点差がついて、どちらが勝つか誰の目にも明らかな状態でだらだら続くスポーツほど退屈なものはない。
 だがカーリングではそんな心配は無用だ。点差が開いて逆転不可能な状態になると、負けている方のチームがコンシード(降参)を申し出て試合を終わらせるからだ。試合を見ていると、4点差ぐらいで潔くコンシードを申し出たりしていて感心してしまう。もし私が選手だったら、最終エンドを残して7点差でも、もしかしたら相手が全ショットミスるかも知れないし、と考えてしまって、降参できないように思う。


 一方、カーリングにもつまらない展開が存在する。ハウス(的)の中にストーンがなく、その手前にガードストーンもない状態で、チームAがストーンをハウスに入れる(ドロー)→チームBがストーンをぶつけて叩き出す(テイクアウト)というのをひたすら繰り返す状況になると、単なる的当てゲームになってしまってつまらない。

こういう展開はリードしているチームが守備的な戦術を採った場合に起きやすい。ハウスの中にストーンが溜まっている展開は、自他共に大量点を取る可能性が高まるから、リードしているチームがハウスの中を空っぽにしておこうとするのは合理的ではあるのだが、見ている方はつまらない。
 だが安心してほしい。日本代表は男女とも攻撃的なので、ドロー→テイクアウトの繰り返しというつまらない展開になりにくいのだ。


 韓国戦は日本代表女子の攻撃的な特徴が良く出た熱戦だった。最終第10エンド。得点は6対5で日本が1点リードだが、韓国が有利な後攻だ。難しい局面になり、日本がタイムアウトを取った。
 ここで日本には二つの選択肢があった。相手のストーンを叩き出して局面を単純化するか、ガードを置いて局面を複雑化するかだ。
 解説者は前者を押し、私もそうすべきだと思った。第10エンドで韓国に1点取らせれば、延長11エンドで日本が有利な後攻を取れるからだ。
 だが、日本はコーチと相談し、このエンドで勝ちに行くべく後者の戦術を取った。おいおい、大丈夫かよ。
 すると韓国が上手くショットを決め、韓国のNo1ストーンががちがちに守られてしまった。このままでは韓国に2点取られて逆転負けである。だから言わんこっちゃない。
 だがそこでスキップの藤沢選手は投げたストーンを、ハウスの中のストーンのまさにこの1点という場所に当てて押し込み、No1ストーンを奪い返してしまった。すげー!!
 日本俄然有利。だが、まだ韓国最後の一投が残っている。韓国のスキップに藤沢選手を上回るミラクルショットを決められたら再逆転だ。果たして――
 固唾をのんで見守る中放たれた韓国のラストショットはわずかに狙いを外れ、日本が1点を獲得。勝利した。

 日本女子が攻撃的戦術を取っているのは、性格的に楽天的だからというだけでなく、スキップ勝負になれば藤沢選手の方が相手より力量が上だと自信を持っているからかも知れない。

2017小説年間ベスト10

 東雲長閑が2017年に読んだ小説のベスト10です。2017年発売作品のベスト10ではありません。

万延元年のフットボール 大江健三郎 講談社文庫
ノーベル文学賞受賞作家の代表作だけあって、非常に読み応えがある。感想を書く度に新しい発見があって、感想記事を三度も書き直した程だ。最近あまり読まれていないのがもったいない。
万延元年のフットボール感想

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

 

 

その女アレックス ピエール・ルメートル著、橘明美訳 文春文庫
ミステリーランキングを総なめにした、ものすごくリーダビリティが高いミステリー。アレックスのキャラクター造形とトリックがすごすぎて、テーマについて深く考える気にならないのが難点。
その女アレックス感想

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

 

 

罪と罰 ドストエフスキー著、工藤精一郎訳 新潮文庫
純文学だと思われがちだが、最近の作家で言うと東野圭吾西尾維新みたいな内容だ。
罪と罰感想

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

 

 

アズミ・ハルコは行方不明 山内マリコ 幻冬舎文庫
地方都市の閉塞感を書かせたら随一の作者による現代の福音書
アズミ・ハルコは行方不明感想

アズミ・ハルコは行方不明 (幻冬舎文庫)

アズミ・ハルコは行方不明 (幻冬舎文庫)

 

 

ビブリア古書堂の事件手帖7~栞子さんと果てない舞台 三上延 メディアワークス文庫
大ヒットシリーズの完結編。シェイクスピア稀覯本を巡って、遂に栞子さんがラスボスの母と対決する。
「個々の力は劣っていても、二人の力を合わせれば強敵だって倒すことができる! 」というのは良くある展開だが、本作では力を合わせれば勝てることを定量的に示したのが画期的で感心した。

 

君に恋をするなんて、ありえないはずだった 筏田かつら 宝島社文庫
非モテ男子とギャル系女子のすれ違いラブストーリー。設定に目新しさはないが、リアリティの高さに圧倒される。とりわけ非モテ男子のハリネズミのようになっている心の動きの克明さには目を見張るばかりだ。普通のライト文芸では書かないもう一歩踏み込んだ場所までリアリティを持って描き切ったという点もポイントが高い。

 

蓮見律子の推理交響楽 比翼のバルカローレ 杉井光 講談社タイガ
片手用ピアノ曲が左手用しかないといううんちくを基に組み立てられたミステリー。犯人の心情は直接描かれていないにも関わらず、どれだけの想いでこれを為したのかということがひしひしと伝わってくるのが素晴らしい。作中で展開される作詞、作曲論も興味深い。

 

コンビニ人間 村田沙耶香 文藝春秋
奇抜な発想と確かなリアリティがパッチワークになった過去に類を見ない小説。
コンビニ人間感想

コンビニ人間

コンビニ人間

 

 

Re:ゼロから始める異世界生活 長月達平 MF文庫J
死ぬと本人の記憶意外全てリセットされるという『死に戻り』の設定が秀逸。生きる意味は行為が誰かの記憶に残ることで初めて生まれるのではないかということを考えさせられた。
Re:ゼロから始める異世界生活感想

 

猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち 大山淳子 講談社文庫
全編にひねりとくすぐりが満ち満ちている、脚本家らしいユーモアミステリー。
猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち感想

猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち (講談社文庫)

猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち (講談社文庫)

 

 

ノンフィクションでは『脳が読みたくなるストーリーの書き方』、『職業としての小説家』→感想、『イデア大全』→感想、『ベストセラーコード』→感想 などが小説創作上有益で面白かったです。

 

脳が読みたくなるストーリーの書き方

脳が読みたくなるストーリーの書き方

 

 

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

 

 

ベストセラーコード

ベストセラーコード

 

 

shinonomen.hatenablog.com

shinonomen.hatenablog.com

 

フリのアウトソーシング――ポプテピピック感想

(本稿はポプテピピックのネタバレを含みます。文中敬称略。)

 『ポプテピピック』(大川ぶくぶ原作)が話題だ。特に耳目を集めているのはパロディの多さと毎回変わる声優だ。両者は別のこととして語られているが、毎回声優が変わるのも一種のパロディだ。主演二人の声優を三ツ矢雄二日高のり子が務めたのはタッチの、悠木碧竹達彩奈プチミレディの、古川登志夫千葉繁北斗の拳などのパロディと言える。
 江原正士大塚芳忠は原作漫画内で希望されていたことを実現したのでパロディと言って良いのか微妙だが、渋い大物声優をギャグマンガの女性キャラの声優として起用すること自体がパロディ的だ。

 パロディ自体は昔からある。例えば枕草子に、定子が「清少納言よ。香炉峰の雪はどうであろうか。」と言ったら清少納言が御簾を高く上げた話があるが、これは白居易の「香炉峰の雪は簾をかかげて見る」のパロディと言えよう。

 話には通常「フリ」と「オチ」が存在する。フリで状況を説明し、フリとはギャップのあるオチを持ってくることで笑いや感心が生まれる。
 パロディを使う場合も普通は話にフリとオチが存在する。枕草子の例では、定子が清少納言に謎かけ的なことを言ったのがフリであり、清少納言が「ああ、白居易の詩ですね。」とか言わずにとっさに簾を上げたのが当意即妙だ、というのがオチになっているわけだ。

 一方、ポプテピピックの場合は単にポプ子とピピ美が他の作品の真似をしているだけで、フリ-オチとして成立していない。
 だが、視点を変えると、これはパロディ元の作品をフリにしていきなりオチを言っているとも言える。言わばフリのアウトソーシングである。例えば『君の名は。』のパロディでは美麗で感動的なパロディ元がフリになっていて、線が少なく感動とは程遠いポプ子とピピ美がパロディをやっているという落差がオチになっているのだ。

 この手法の優れている点は、一つのエピソードを圧倒的に短くすることができることだ。フリは状況を説明しなくてはいけない分オチより時間がかかる。フリを省略すれば、エピソードの長さを半分以下にすることができるのだ。
 PPAPをプロデュースした古坂大魔王は動画の長さをTwitterにアップ可能な動画の上限である140秒以内に抑えるよう気をつけていると言う。短時間の小ネタを畳み掛けるポプテピピックはいかにも現代的だ。

 現代人が短い動画を好むのは、娯楽が多くて忙しないからだろうと思っていたが、
わっとさんが
CMのように短い間隔で寸劇が切り替わるのは、子どもには観ていて快いのだ。たぶん大人にとっても。しかし大人の場合、「いまのオチはどこ?」と考えてしまう分だけ、快さが削がれるのではないか。
と指摘されていてなるほどと思った。確かに、PPAPにしろ、けものフレンズにしろ、ヒットする動画には何かしら感覚的気持ちよさが含まれている。

www.watto.nagoya

 

 エピソードを短くできるというメリットはあるものの、この手法には問題も多い。最大の問題は、パロディ元を知らない視聴者が全然面白くないということだ。現代はすぐに誰かが元ネタ集を作ってネットにアップしてくれるので、パロディをやりやすい環境ではある。とは言え、後から元ネタを知っても笑えないことには変わりない。ならば、誰もが知っているような作品を元ネタにすれば良いようなものだが、それはそれで面白くない。パロディに意外性がないからだ。
 2話までで私が面白かったのは、るろうに剣心の炸裂弾ネタ、「お分かり頂けただろうか」、たなくじだが、どれも「それをやるか感」が強く、自分は元ネタを知ってはいるけど誰もが知っているわけではないという絶妙なラインを突いていた。ここを突き続けるのは大変である。

 『ポプテピピック』の「フリのアウトソーシング」という手法は斬新だが、フォロワー作品が次々生まれて新ジャンルとして定着するとは思えない。絶妙なパロディをやり続けるのが大変だし、オチというフォーマットに縛られた大人にとっては、普通にフッてオトした作品の方が面白いからだ。

 と、ここまで書いてから3話を見たら、フリをアウトソーシングしてパロディオチを連発する手法は影を潜め、ほとんどがフリ-オチギャグになっていたので舌を巻いた。作り手はオチだけを連発する斬新なギャグを使って耳目を集め、視聴者が飽きる前に普通のギャグに切り替えたのだ。見事な戦略と言えよう。

 

hoshiiro.jp


他者に向かって叫ぶべき本当の事――万延元年のフットボール感想

(本稿は『万延元年のフットボール』の抽象的ネタバレを含みます。)

 『万延元年のフットボール』はノーベル賞作家大江健三郎氏の代表作だ。だが、新作と戦前の文豪の間のエアポケットに入ってしまって、最近ではほとんど話題になることがない。確かに難解な箇所もあるのだが、ストーリーは抜群に面白く読み応えもあるので、もっと読まれてほしい。

 本作の特徴として、主人公にして語り手の蜜三郎がひたすら弱々しく情けないということが挙げられる。数年前に草食系男子という言葉が流行ったが、蜜三郎は草食系男子ならぬ植物系男子だ。カリスマリーダーの弟、鷹四が大活躍する中、蜜三郎は全編ほとんど蔵屋敷にこもって事態の行方を傍観している。今で言う引きこもりだ。また、イケメンでモテモテの弟に対し、蜜三郎はウジウジした性格で容姿も醜いのでまるでモテない。一応結婚してはいるのだが、妻まで弟の味方をし始める始末だ。
 本作は主人公が内向的、マジックリアリズムの影響を受けている等、村上春樹作品と共通点が多い。村上作品の主人公は内向的なのに何故かモテるが、蜜三郎はカリスマ非モテであり、こちらの方がリアリティがあって好感が持てる。


 本作の核心は蜜三郎の、おれは「生き残り続ける者らに向かって叫ぶべき「本当の事」をなお見きわめていない!」という気付きだ。この文は、人生において見きわめるべきことは「他者に向かって叫ぶべき」であり、かつ「本当の事」でなくてはならないと主張している。「他者に向かって叫ぶべき」「本当の事」とはどういう意味だろう。

 蜜三郎が気付きを得る前に、鷹四は「オレハ本当ノ事ヲイッタ」と記す。その前に鷹四が言ったことを良く読んでみると、本当の事とは心の奥底にある、本当の願い、欲求のことなのではないかと思い至った。具体的には「兄さん、俺を愛してくれよ」という欲求である。

 何故、「他者に向かって叫ぶべき」「本当の事」でないといけないのか。エロ漫画を例を上げて考えてみよう。

パターン1「私はエロ漫画が大好きだ」
 この告白は無意味だ。何故なら「本当の事」かも知れないが、他者に対する働きかけを含まないので、「他者に向かって叫ぶべき」ことではないからだ。言われた方は「お、おう」としか言いようがないであろう。

パターン2「私はエロ漫画が大好きだから、二次元ポルノの規制に反対だ。署名に協力してくれ。」
 この発言は、「他者に向かって叫ぶべき」「本当の事」の二条件を満たしている。従って意味のある発言だ。

パターン3「私は二次元ポルノの規制に反対だ」「何で? エロ漫画が好きなの?」「私はああいうものには興味が無いが、ここで表現規制に歯止めをかけないと自由な言論が失われてしまうのだ。」
 これは「本当の願い、欲求」(=本当の事)を含んでいないので、パターン2に比べると説得力が薄い。内なる欲求から出た言葉でないと、人の心は動かせないのだ。

 他者に働きかけているように見える言葉の中にも、他者に向かっていない言葉は存在する。
 トランプ大統領が自身に批判的なメディアに対し「フェイクニュースだ」と批判する言葉は他者に向かっていない。何故ならその言葉は批判メディアという他者ではなく、自らの支持者にアピールするために発せられているからだ。
 現代はヘイトスピーチのような「他者に向かって叫ぶべき」でない内向きの言葉が氾濫している。一方でそれと対峙すべきリベラル派の言葉も偽善的で「本当の事」でないとバッシングを受け、力を失っている。

 「他者に向かって叫ぶべき本当の事を見きわめろ」という主張は現代においてますます重要になっているのではないだろうか。

 

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

 

 

コンピューターにできること――ベストセラーコード感想

 『ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』(ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著、解説西内啓、川添節子訳、日経BP社)はアメリカのベストセラーをコンピューターを用いて分析した本だ。テーマ、プロット、文体、キャラクターの4つの観点からベストセラーとそうでない作品を分析し、ベストセラーに固有の特徴を抽出している。
 コンピューターが導き出したベストセラーの特徴は下記の通りだ。

1)テーマ:1/3は結婚、死、税金、テクノロジーなど市場の本流で受けるメイントピックにあてる。2番め以降のトピックは現状を脅かすような衝突を示すものが良い。
2)プロット:規則的で力強く感情がアップダウンするプロットにする。
3)文体:普通の人々の日常の言葉で書く。
4)キャラクター:主体的に行動し、強い推進力を持ったキャラクターを主人公にする。

 結論だけ聞くと、まあそうだろうな、と思うものばかりだ。本書が面白いのは、コンピューターにテーマ、プロット、文体、キャラクターの違いを把握させる方法の部分だ。人間なら簡単に判断できることでも、コンピューターにやらせるには工夫が必要だ。

 テーマの判別には単語に複数の意味があるということが障害となる。例えば、 bankという単語には「銀行」の他に「岸」という意味もあるので、単語だけではどういうテーマなのか判断できない。本書では複数の関連する単語を用いて判断するという手法を用いている。bankのそばにmoneyといった語があれば金融に関する内容であり、river,fishといった語があれば釣りに関するトピックだと判断したのだ。

 キャラクターの分析は筆者が最も難しかったと記している。確かにキャラクターが魅力的かどうか定量的に示してくれと言われたら、頭を抱えてしまう。本書では、キャラクターの名詞・代名詞といっしょに使われる動詞を調べるという手法で、キャラクターがどのように行動しているかの分析を行った。その結果、ベストセラーではneed,wantという欲求に関する動詞が非ベストセラーの二倍も使われていることが分かったのだという。

 私が最も刺激を受けたのがプロットの分析だ。プロットの分析にはポジティブな感情をあらわす言葉とネガティブな感情をあらわす言葉に注目しながら物語を読むというセンチメント分析の手法が用いられた。
 プロットの分析と言うと、通常は各シーンの構造を分析し「日常の世界」「第一関門突破」「最も危険な場所への接近」といった抽象的なパターンに当てはめていくので、コンピューターには手に負えないのではないかと思っていた。だが、本書ではポジティブ、ネガティブというたった一軸の分析だけで、物語を「喜劇」「悲劇」「成長物語」「再生」「旅と帰還」「探求」「モンスター退治」の七パターンに分類してしまった。脱帽だ。
 ただ、ポジティブ、ネガティブの一軸だけで判断できるのは、人間の作家がある程度のストーリーの整合性を整えているからだろう。単にポジティブ・ネガティブな単語だけで判断するなら、光り輝く部屋と真っ暗な部屋を一分ごとに行ったり来たりしているだけの小説でもコンピューターは満点だと判断してしまうのではないか。

 本書にはコンピューターが選んだベストセラーの条件への一致度が高い小説ベスト100も掲載されている。面白いのは必ずしもベストセラーの条件への一致度が高い程売れているわけではないことだ。
 トップ10のうち、2~5,7,8位は邦訳がない。1位はデイヴ・エガーズザ・サークル』(吉田恭子訳、早川書房)で、エマ・ワトソントム・ハンクス主演で映画化されたそうだが、原作ともどもヒットしたとは言いがたいだろう。24位の『ゴーン・ガール』より上位には聞いたことがある作品が一つもなかったし、世界的ベストセラーの『ダ・ヴィンチ・コード』はトップ100に入ってすらいない。
 この結果から分かることは、おそらく、ベストセラーになるにはある程度ベストセラーの条件を満たしている必要があるが、条件への一致度が高ければ高い程売れるわけではないと言うことだ。
 ベストセラーの条件とベストセラーが一致していないのは何故なのか。宣伝など外部条件のせいであり、著者名を伏せて読ませたら『ザ・サークル』がベストだと考える人が最も多くなるのか。それとも、コンピューターが分析しきれていない他の重要な要素があるのだろうか。

 大ベストセラーには、今までの本にはない、革新的な部分が含まれている。例えば、『ハリーポッター』はファンタジー小説に最新のエンタメテクニックを導入してアップデートした点が革新的だった。既存の児童文学のようなファンタジーではなくもっとエンターテイメント性が高いファンタジーが読みたいというティーンの欲望を捉えたおかげで、世界的大ベストセラーになったのだ。
 爆発的に売れるのは、読者のニーズはあるのに今まで存在していなかった本だ。大ベストセラーを産みだすには読者の潜在的なニーズを読み取る必要がある。

 本作には機械が小説を書く試みについても記されているが、読者の潜在的ニーズを捉えた革新的なアイデアを産みだすのは機械が小説を書く際の高いハードルになるのではないだろうか。潜在的ニーズは過去の作品の分析からは見出すことができない。コンピューターが読者の潜在的ニーズを捉えるためには、過去の人間ではなく今生きている人間がどのような不満や欲望を感じているか知る必要があるからだ。

 ボードゲームでAIが急速に進化したのは、勝利条件が明確であり、コンピューターが自ら良い手かどうかを判断して自己学習を積み重ねることができるからだ。一方、小説はコンピューターが自ら生み出した作品を面白いかどうか自分で判断することができない。過去の作品の分析に則って考えれば面白いだろうと推測することは出来ても、今の読者にとって本当に面白いかどうかは人間が読んで確かめねばならないのだ。そこが創作AI進化のボトルネックになるのではないだろうか。

 

ベストセラーコード

ベストセラーコード

 

 

ライトノベルとお約束ギャグ

 少し前に「アニメの寒い描写がきつい」という増田記事が話題になっていた。

anond.hatelabo.jp

 私も筆者が挙げている「女子のツッコミの過剰な暴力、寒いギャグやノリ、不自然なエロハプニング、シリアス展開中の不自然なギャグ」みたいなお約束ギャグはいらないと思っていたので、我が意を得たりだ。

 記事内で指摘されている通り、ライトノベルではこの種のお約束ギャグが多い。

 漫画に関してはブコメでAQMさんが「 1割くらい高橋留美子のせいのような気がせんでもない。」と指摘されていた。ライトノベルに関して言うと、スレイヤーズのヒットで、お約束ギャグが一気に広まったという印象がある。特に、富士見ファンタジア文庫で猛威をふるい、一時は大半の作品でお約束ギャグが使われていたと言っても過言ではない。

 だが、小説でギャグをやるのは難しい。漫才やコントは動きやタイミングの妙、声質で笑わせることができるし、漫画もデフォルメされた絵によってギャグのインパクトを増幅することができるが、小説には文字情報しかない。従って、小説では漫才や漫画に比べ、よりエッジの効いたネタでないと笑わせることができない。

 ライトノベルでも『スレイヤーズすぺしゃる』や『フルメタル・パニック!』のギャグはエッジが効いていて面白かったが、フォローワーのギャグはお約束をこなしているというだけで特に面白くないものが多い。
 ライトノベルはギャグ作品といってもストーリーがメインであることが多く、純粋なギャグ作品として成功したのは『撲殺天使ドクロちゃん』など、ごくわずかだ。『撲殺天使ドクロちゃん』では作者と担当二人の三人で多数決を行い、二人以上が面白いと判断したギャグしか使わなかったという。小説でギャグをやるのは並大抵のことではないのだ。

 お約束ギャグの問題は、面白くないとギャグをやって滑ったみたいになってしまうことだ。ギャグをやって滑るくらいなら、ギャグをやらなければ良いだろうと思うのだが、ライトノベル作家には淡々と話を進めることへの恐怖心を持っている人が多いように感じる。

 最近のライトノベルで特にお約束ギャグがいらないと感じるのが『りゅうおうのおしごと!』だ。『りゅうおうのおしごと!』には棋士の変人エピソードのような面白いギャグもあるのだが、八一のラッキースケベを銀子が殴るみたいなギャグは定番化していてあまり面白くない。
 凡才が天才にいかに立ち向かうかといったシリアスなテーマと、息もつかせぬ対局シーンが素晴らしいだけに、お約束ギャグが出てくると弛緩した印象を受けるし、読者の間口を狭めてしまっているように感じる。作者の白鳥士郎氏はお約束ギャグを入れないと不安なのかも知れないが、もっとご自身のシリアスシーンの素晴らしさに自信を持って欲しい。とは言え、百戦錬磨の白鳥氏が入れるという判断をされているのだから、お約束ギャグが好きな読者も多いのかも知れないが。

 

りゅうおうのおしごと! 7 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! 7 (GA文庫)

 

 

不条理な欠落――その女アレックス感想

(本稿は『その女アレックス』の抽象的ネタバレを含みます。)

 物語は欠落を回復する過程を描いたものだ。桃太郎のおじいさんとおばあさんには子供が欠落しており、シンデレラは地位と伴侶が欠落している。欠落は自分のミス、不運、敵による侵害など様々な要因によって起こるが、欠落の原因が不条理であるほど読者は物語にのめり込む。
 主人公が会社の金を使い込んで首になっても読者は自業自得だと思うだけだ。だが、身を粉にして尽くしてきた上司に裏切られ、罪を着せられて首になったら、読者は怒り、どうやって主人公がリベンジを果たすのか興味をもつだろう。

 不条理に何かが損なわれた時、読者は怒りと同時に、なぜそんなことが起きたのかという謎に対する興味も感じる。
 怒りは喜怒哀楽の中で最も強い感情だ。そして謎はミステリーの面白さの根幹となる要素だ。不条理な欠落は読者に怒りと謎への興味という二つの感情を同時に引き起こすことができ、読者を物語に引きずり込むのにすこぶる効果的なのだ。

 だが不条理な欠落には欠点もある。怒りによって読者が不快になる点だ。読者は「何故だ!」と怒っているわけだから、上手くフォローをしないと読後感が悪くなってしまう。

 「このミステリーがすごい!2015」や「週刊文春ミステリーベスト10」などのランキング1位を総なめにした『その女アレックス』(ピエール・ルメートル著、橘明美訳、文春文庫)を読んで、情報コントロールの巧みさに舌を巻いた。本作は三部構成なのだが、第一部と第二部で起きているのは不条理犯罪であるかのように描かれている。読者は犯人に対し憤り、ストーリーに引き込まれる。最近読んだ本で、これほど続きが気になり、次々ページをめくった本は他にない程だ。それでいて、本作はフォローもしっかりしている。話が進むと全くの不条理犯罪ではないことが明らかになるので、読後感がそれほど悪くならないのだ。

 本作のもう一つの工夫が細かい章割りがなされ(本文439ページが62章に分かれている)、アレックス視点と事件を追うカミーユ視点が交互に登場する点だ。ハードでダークなアレックス視点とユーモアのあるカミーユ視点を交互に読むことで、読者は細かく感情がアップダウンし、常に心が揺り動かされることになる。忙しない現代の読者のために最適化されたミステリーだ。

 

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)