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プロ作家になるための四十カ条感想

『プロ作家になるための四十カ条』(若桜木虔著、KKベストセラーズ加藤廣氏など18名の生徒をプロデビューさせたという小説家養成講座の講師が書いた小説の書き方本だ。普通の小説の書き方本が面白い小説を書く方法を説いているのに対し、本書は新人賞を突破する小説の書き方を説いているので、より実践的だ。

本書によると、新人賞はおおよそ下記のような配点で採点される。
1新機軸・斬新さ……三十五点(テーマのオリジナリティ)
2人物造形……二十五点(キャラクター設定の巧拙)
3物語展開の面白さ……二十五点
4動機のよさ……十五点(主人公のモチベーション)
七十点が予選通過ライン、八十点が最終選考ラインで、九十点以上の最高得点者が受賞する。1の配点が最も高いため、いくら面白い話が書けたとしてもオリジナリティがないと受賞できないのだという。

また、
1主要登場人物のキャラクター設定がステレオ・タイプで個性に欠ける。
2ストーリー展開や主人公の動機づけが、ご都合主義。
3結末がありきたりで、予想どおりの展開に終わり、意外性に欠ける。
といった設定・構成面の欠陥が大きく減点され、形容表現が月並みといった文章上の欠陥はほとんど問題にならないのだと言う。

本書には
ここまで読んできたエピソードの中で最も衝撃的なのは、この箇所だから、これ以前はバッサリ削り、この転落の場面を冒頭に持っていって、すべて時系列順に構成し直すべきである。
「綿密なプロットを組み立てながら絶対にそのとおりには書かない」のがポイントで、新たな伏線を思いついたら、どんどんさかのぼって伏線の張り直しをやること。
などすぐ役に立つアドバイスが多かった。
中でも最も役立ったのは「ドンデン返しが最低でも三回は盛り込まれていないと受賞に届かない。」という指摘だ。先ごろGA文庫大賞の二次で落選した私の小説は、ドンデン返しが一回しか盛り込まれておらず、なぜ落選したのかが良くわかった。


本書で最も興味深かったのは選考委員の考える意外性と読者の意外性は違うという指摘だ。
選考委員が密室トリックの大家だと、密室トリック作品を応募する人が多い。だが、密室トリックの大家はありとあらゆる密室トリックに精通しているため、どんなトリックを使っても意外性を感じさせることは難しい。そのため、選考委員の得意分野で勝負してはならないのだという。
この指摘は新人賞受賞のためには役に立つ。だが、新人賞がこれで良いのかという疑問は残る。新人賞は本来読者にとって面白い小説を書く作家を発掘するためのものだ。それなのに、選考委員というやたら小説に詳しい専門家にとって面白い小説を選んでいたら、普通の読者の好みとはずれてしまうのではないか。

カップラーメンの新商品は、ありとあらゆるラーメンを食べ尽くしたラーメン通ではなく、平均的な消費者の好みに合わせて開発する。ラーメン通に合わせて開発しても売れないからだ。
一方で、小説は、ありとあらゆる小説を読み尽くした小説通が好む、新機軸でどんでん返しが三回以上あるような作品を新人賞受賞作として大々的に売り出している。平均的な読者はそんな小説を求めているのだろうか。

例えば、2400万部も売れている『転生したらスライムだった件』の設定に目新しさはほとんどない。唯一スライムに転生する所が斬新だが、転生後の世界に登場するのは、ゴブリン、ドワーフ、エルフ、魔王などファンタジーでは定番の設定ばかりだ。
また、ストーリー展開も、序盤はリルムが異種族と出会う→戦う→慈悲に感激して配下に加わる、という展開が繰り返され、意外性はない。
だが、『転生したらスライムだった件』は面白いし、売れている。意外なことが起きないので、読者はストレスなく読むことができる。マジョリティーの読者は必ずしも斬新な設定やドンデン返しなど求めていないのではないか。


出版社とて馬鹿ではないので、最近はネット小説を取り込んで、ネット読者の人気投票で決めるような新人賞も開催している。だが、従来の新人賞の評価基準は変えていないように見える。

週刊少年ジャンプのヒット作で言うと、『約束のネバーランド』は斬新な設定と意外性のあるストーリー展開を併せ持つ、まさに小説新人賞を突破する要件を満たした作品だ。
一方、『呪術廻戦』は呪術師という定番中の定番設定だし、ストーリー展開も王道でそれほど意外性は感じない。「SFファンタジーでは神・死神・天使・悪魔・吸血鬼・魔道士・陰陽師・龍・宇宙人などは素材として使い古されており、これらを登場させると片っ端から落とされる。」とあるので、『呪術廻戦』みたいな小説はいくら内容が面白くても新人賞を突破できない可能性がある。

出版社はもっと色んなタイプの面白さに対応できるよう、新人賞の選考方法を考えなおした方が良いのではないだろうか。