DIC川村記念美術館が来年1月に休館になることが発表された。記事についたブコメを見ると、ロスコルームが素晴らしいらしい。私は千葉県在住で比較的近いにも関わらず、一度も行ったことがなかったので、閉館前に行くことにした。
美術館は辺鄙な場所にあるが、JR佐倉駅と京成佐倉駅から一時間に1~2本無料送迎バスが出ている。私は京成佐倉駅前から、側面に絵画がプリントされた送迎バスに乗り込んだ。バスに揺られること三十分。緑豊かなDICの敷地に入ってから1分ほど走って、ようやくバスロータリーに到着した。
美術館のチケットを買って中に入る。木々に囲まれた散策路を下っていくと、広大な芝生の向こうに池が広がる開けた空間に出た。芝生は綺麗に刈り込まれ、池では白鳥が泳いでいる。美術館本体より、この庭園を維持するのにすごくお金がかかりそうだ。
池から右手に目を転じると、二つの丸い塔が印象的な川村記念美術館の建物が見えてきた。
館内はモネやルノワールら印象派の絵画、ピカソなどの近代絵画から始まって、一旦17世紀のレンブラントの肖像画を見た後、20世紀美術に移行するという構成になっている。なじみのある美術から段々前衛的な美術へ変化することで違いが感じられるようにするための配慮だろう。
最初の展示室ではピカソが絵によって全然画風が違うのが印象的だった。「シルヴェット」はアニメ風の美少女でこういう画風だと絵の上手さが良く分かる。
専用の部屋に展示されているレンブラントの「広つば帽を被った男」はレースが一つ一つまで描きこまれており、写真と見紛うほどの緻密さだった。
メインの収蔵品である20世紀美術には複数の部屋が割り当てられていた。
20世紀ヨーロッパ美術ではヴォルスの「トリニダード」が琴線に触れた。ヴォルス作品は手帳のようなサイズの紙に緻密な抽象画が描き込まれているのだが、機械模型のような機能性を感じた。
20世紀アメリカ美術の中では「緑、黒、黄褐色のコンポジション」に龍が激しく戦っているような迫力を感じた。一方、画面がパキッと人工的に塗り分けられているような作品はあまり良さが分からなかった。陰影を排してポップに仕上げたのが斬新だったのは分かるが、「人は土から離れては生きられないのよ」と言いたくなった。
川村記念美術館の白眉たるロスコルームは一階の奥にあった。絵に会わせて設計された七角形の展示室に巨大な大きさの違う七枚の絵が展示されている。
部屋の中は薄暗い。部屋の中央には数人が座れる布張りで多角形のソファーが二つ置かれ、それぞれの絵を座って鑑賞できる。
まず目につくのが入って左右の両側に向かい合って置かれた茶色地にオレンジ色が鮮やかな作品だ。もう一つ、やや明瞭な作品があるが、他の四作品は茶色に近い黒と赤で描かれている。どれも窓枠のような形が描かれている。ロスコが元々レストラン用の壁画として描いたからだ。
大きい作品は目の前に立つと視界全体が作品で埋め尽くされる。作品を眺めていると、線の境界が溶けだしてくるようで、何もかもがぼんやりしてくる。
椅子に座って半眼になって作品を眺めていると、聞こえて来るのは来場者の足音だけで、あっという間に深い瞑想状態に入った。美術館を閉館しろと言っている投資家集団を招いてロスコルームで瞑想体験会を開けば、美術館の価値を理解してもらえるのではないか。
美術館の外は広大な自然散策路が広がっている。白鳥が近くで見られる蓮池や桜並木など四季折々の花が楽しめるようになっており、巨大な彫刻が置かれた広大な芝生広場もある。散策路には無料で使える休憩用のテラスがあり、景色を眺めながらゆっくり過ごすことができる。
私は普段6時間半ぐらい寝ると目が覚めてしまうのだが、川村記念美術館に行った日の夜は久しぶりに7時間以上ぐっすり眠ることができた。
川村記念美術館はもっと交通の便の良い所に移転する計画らしく、中核資産であるロスコの連作はどこかでまた見られるのではないかと思うが、交通の便の良い場所では周りに広大な自然散策路は望めないだろう。
ロスコルームで心の内側に潜った後、開放的な自然空間で心と体を開放する体験ができるのは今だけである可能性が高い。お近くにお住まいの方は、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。