東雲製作所

東雲長閑(しののめのどか)の投資と評論サイトです。ジオシティーズ(http://www.geocities.jp/shinonomenod/)から移転してきました。

NHKスペシャル「四冠誕生 藤井聡太 激闘200時間」感想

(本稿は「四冠誕生 藤井聡太 激闘200時間」のあからさまなネタバレを含みます。)

藤井聡太竜王が王将位を獲得し、史上最年少で五冠を達成した。
昨年末に、NHKスペシャル「四冠誕生 藤井聡太 激闘200時間」を見て感銘を受けたことを思い出し、見返してみた。
タイトルには藤井四冠しか出てこないが、内容は藤井聡太四冠と対戦相手の豊島将之九段二人の物語だ。

 

私は豊島九段のファンだ。研究会に属さず、たった一人で研究を進める求道的な姿勢に惹かれている。
豊島九段はトリプルタイトル戦の前は二冠だったが、藤井二冠に次々タイトルを奪われて無冠になってしまった。
私は、豊島九段だけ狙い撃ちにされて気の毒だと思っていた。こんなにボコボコにされたら藤井四冠のことを見るのも嫌なんじゃないかと思っていた。渡辺明名人はインタビューで羽生さんのことを好きな訳ないと語っている。豊島九段も同じだろうと思ったのだ。
だがNHKスペシャルを見たら私が全然豊島九段のことを理解できていなかったことが分かった。

 

豊島九段は羽生九段の壁に阻まれて、タイトルを取るまで苦労した棋士だ。プロ入り11年後にようやく初タイトル獲得した後、次の目標を失いかけていた。そんな時、天才藤井聡太が現れた。
豊島九段は2019年4月のイベントでこう語っている。
「5年後10年後、彼が一番強くなるであろうときに戦いたい。そんなに長く活躍したいと思っていなかったけれど、彼がいるのでやっぱり戦いたい。」
これはもはや愛の告白じゃないか。

 

一方の藤井四冠にとっても豊島九段は他の棋士とは違う特別な存在だ。快進撃を続ける藤井四冠に対してただ一人六連勝し、壁として立ちはだかった。
番組内で藤井四冠は竜王戦第一局の逆転勝ちについて、
「これまでの豊島さんとの対戦で逆にけっこうこちらが有利な局面でそういう指し方をされて逆転されてしまった対局もあったので、自分もそういうふうに同じように、なるべく苦しいながらも局面を複雑に保てるような手を選んでいきたい。」
と語っている。
師匠の杉本八段も
「豊島さんは(藤井に)常にテーマを与えてくれる存在の棋士なのかなという気がします。」
と評している。
藤井四冠と豊島九段は互いにとって特別な存在なのだ。

タイトル戦が相次いで行われたのもお互いがお互いと長時間の対局で戦いたいと思っているからではないか。
もちろん他の対局に手を抜いたりはしないだろうが、勝ったら自分を成長させてくれる大好きな相手と戦える一局と、勝っても特に好きじゃない相手としか戦えない一局ではモチベーションに差が出ても仕方がないだろう。


番組後半では豊島九段が竜王戦第四局で時間攻めしなかったことが焦点となっていた。
第四局の勝負どころで、互いの残り持ち時間は豊島2時間29分、藤井9分と大きな差がついていた。
時間攻めとは対戦相手に考える時間を与えずに勝ち切る勝負術。豊島竜王がすぐ指せば、藤井三冠は難解な局面を9分では読みきれないため、追い詰めることができる。多くのプロは豊島竜王が時間攻めをするのではないかと考えた。
だが、豊島竜王は長考を始めた。そのことについて問われた豊島九段はこう答えている。
「時間攻めをしてできるだけ相手に考える余裕を与えないようにしたほうが(勝つ)確率はいいのかもしれないですけど、それよりは何か自分が有利だったとしたときにちゃんと指せるように時間を使いたい。」
この言葉に豊島九段の人間性が現れている。

 

人間の行動は何に価値があると思っているかによって規定される。
何に価値があるか判断するための二つの観点を提示する。


1)後世に何を残すか
価値があるかを判断する方法の一つは、「後世の人から見ても価値があるか」考えることだ。
時間攻めをして勝ったとして、後世の人は一勝したことに感動したりしない。ましてや「何と見事な時間攻めだ!」などと思わない。
一方、見事な棋譜は永久に残り、後世の人の心を動かすことができる。谷川九段が竜王戦第4局はいまの時代のひとつの傑作と言えると思います。」と指摘されていたが、そういう視点を持っているかで人の行動は大きく変わってくる。

 

浅田真央選手のソチ五輪の演技についてロシア紙の記者が「サムライにとってメダルが何だ! ハエだ! サムライにとって唯一の勲章は不朽の名声だ」と書いたことを思い出した。
後世の人は浅田選手が世界選手権で何個メダルを取ったと聞いてもふーんと思うだけだろう。だが、果敢にトリプルアクセルに挑んで遂に成功させたフリーの演技は後世の人の心を打ち続けるだろう。


2)何が気持ち良いか
何に快楽を感じるかは人によって異なる。重要なのは自らが気持ち良いと感じるように生きることだ。
勝つことが気持ち良くて将棋を指している棋士もいる。そういう棋士が「後世のために美しい棋譜を残さねば」などと考えて勝つ確率が低い手を指したりしても、良い結果を産まないだろう。

竜王戦第四局。豊島竜王は5手先の局面で5五同銀と3五桂のどちらを選ぶか99分考え続け、3五桂と指した。だが、一緒に考え続けていた藤井三冠が、3五桂なら13手先に勝ち筋があることを発見して勝利した。

 

豊島九段「もうちょっと続けたかったというのはありますけど、対局がどうスコアがどうとかじゃなくて、純粋にやっている瞬間が気持ちいいというかすごく集中していて、言葉にするのは難しいですけど気持ちいい時間というか瞬間というか。(藤井さんが)すごい先のほうまで正確に読まれているので、自分もそこに到達してもうちょっと先の局面まで指してみたかったな。」
藤井四冠「ずっとその局面のことがそのあともずっと浮かんでいる感じだった気がします。そういった純粋な将棋の楽しさを共有できたところがあったのは、それはすごく本当にうれしいことだなと思います。豊島さんと今年かなりこれまでも盤をはさんできて、ああいう局面に対局者として向き合うことができたのは、本当にすごく幸せなことだったんじゃないかという風に思います。」

二人はものすごく集中して考えることそのものが楽しいという想いを共有している。時間攻めをするのは、せっかくの貴重で楽しい時間を自ら捨て去ることに他ならない。

 

ものすごく集中して、自分の力を最大限発揮できる気持ちよさというのは私も理解できる。ごくたまに書くことに没頭し、自らの能力を超えたような文章を書けることがある。そんな時は、本当に幸せだ。
だが、小説は個人作業であり、誰かと一緒に作り上げるということがない。素晴らしい集中を共有できる相手がいるというのはうらやましい。