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盤上の向日葵感想――100日間のどこかで死ぬワニの周囲の誰か

(本稿は『盤上の向日葵』の抽象的なネタバレを含みます。)
『盤上の向日葵』(柚月裕子著、中央公論新社)は将棋を題材にしたミステリーだ。
563ページもある長編だが、この先どうなるんだという興味でぐいぐい読まされ、特に後半は一気読みした。


『100日後に死ぬワニ』という漫画がある。主人公のワニが100日後に死ぬということを提示して残り日数をカウントダウンしたことで、何気ない日常を描きながら徐々に緊張感を高めることに成功して話題になった。

だが、緊張感を高めるという点では、この手法には改善の余地がある。
『100日後に死ぬワニ』では、読者にワニがいつ死ぬか分かってしまう。『100日間のどこかで死ぬワニ』にすれば、さらに緊張感が高まる。
さらに『100日間のどこかで死ぬワニの周囲の誰か』にしたらどうか。誰がいつ死ぬかという二つの謎があるので、物語はさらにスリリングになる。それが、『盤上の向日葵』だ。


本書の白眉は第一章で白骨化した死体が六百万円の駒と一緒に発見されるという構成だ。現代の刑事による捜査パートと、天才棋士上条桂介の過去パートが交互に語られ、徐々に事件の全貌が明らかになっていくのだが、最初に身元不明の死体が発見されているので、過去パートでは常に、今にも誰かが死ぬのではないか、という緊迫感が漂っている。
トランプを一枚ずつめくっていくような作者の情報の出し方が巧みで、事実が明らかになるたび新たな謎を提示して読者の興味を切らさない。

また、上条桂介の子供時代がけなげなのもポイントが高い。良く知らないキャラクターに関する殺人事件が起こっても、読者は興味をそそられない。子どもの頃から知っており親愛の情を抱いているキャラクターが殺人事件に関わっているかもしれないとなると、読者の興味は格段に高くなる。


唯一残念なのが、将棋バトル要素が淡泊なことだ。『りゅうおうのおしごと!』のような将棋小説に比べると対局描写が薄い。せっかく羽生九段をモデルにしたと思しき棋士とタイトル戦を戦っているのだから、二転三転の大熱戦で盛り上げて欲しかったし、上条にも岩にかじりついてでも将棋を指し続けるぞという執念を見せて欲しかった。

あまり将棋描写を厚くすると、謎解きとのバランスが悪くなってしまう。
将棋を題材にしたミステリーであって将棋小説ではないということだろう