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吸血鬼すぐ死ぬ感想――理論だけでは笑えない

(本稿は『吸血鬼すぐ死ぬ』のネタバレを含みます。)

『吸血鬼すぐ死ぬ』(原作:盆ノ木至、監督:神志那弘志、アニメーション制作:マッドハウス)は吸血鬼ハンターロナルドと吸血鬼ドラルクがコンビを組んで様々な吸血鬼と戦うギャグアニメだ。2021年のギャグアニメでは随一の出来で、毎回腹を抱えて笑った。
タイトル通り、ドラルクがちょっとしたことですぐ死んで砂になるのが面白いし、次々登場する変な吸血鬼もキャラが立ちまくっている。

『吸血鬼すぐ死ぬ』からギャグ作品を面白くする上で有効な要素について学ぶことができる。具体的には下記の2点だ。

 

1主人公コンビが表面上仲が悪い
ギャグ作品において、主人公コンビはたいてい仲が悪い。
うる星やつら』のあたるとラムもしょっちゅうケンカをしている。
本作のロナルドとドラルクも吸血鬼ハンターと吸血鬼だし性格は体育会系と文化系なので、毎回のように諍いを起こしている。

主人公コンビの仲が悪いことには二つのメリットがある。
第一にトラブルが起こりやすくなる。
二人が仲良しだと平穏無事で何も起こらないのに対し、二人が対立すれば物語に起伏が生まれる。

第二に仲が悪いと受け台詞がなくなる。
受け台詞とは「そうだね」のようにただ同意するだけの台詞のことだ。
『漫画原作○秘の書き方』における小池一夫氏の説明が分かりやすい。

「腹が減ったなあ。ラーメンを食べに行くか?」
「いいね、賛成」
これでは全く普通です。(中略)
「腹が減ったなあ。ラーメンを食べに行くか?」
「わし、イモ食ってるから行かねえ。お前が一人で行けよ!」
「なに、お前、その芋は俺の芋だ! 返せ!」
「うるせえ、芋で殴ってやろうか!」
とくると、とたんに面白くなる。

このように、ギャグ作品においてコンビは仲が悪い方が良いのだが、通常、仲が悪い人とは一緒にいない。なぜ一緒にいるのかという説明づけが必要だ。
その点、本作は「ドラルクは城を壊されてしまって住む所がない。ロナルドは恐ろしい編集者にドラルクを相棒にした実録小説を書くよう強要されている。」という設定によって、なぜ仲が悪いのに一緒にいるのかという疑問を解消している。
またアルマジロのジョンが二人の接着剤として機能している。ジョンかわいいよジョン。

また、仲が悪いと言っても心から憎み合っていると殺伐とした話になってしまう。
本作は表面上仲が悪いが、時々親愛の情が垣間見えるので話の振れ幅が大きくなっている。


2登場人物が欲望に正直に行動する
登場人物が欲望に正直に行動すると面白い。本作では全裸を愛する「ゼンラニウム」や野球拳が好きな「野球拳大好き」といった吸血鬼が登場し、あけすけな行動に笑ってしまう。

なぜ欲望に正直なキャラを見ると笑うのかというのは難しい問題だが、緊張→緩和のメカニズムで説明できる。
我々は普段欲望を抑圧して生きている。そこで欲望に正直なキャラの行動を見ると、欲望を抑圧するという緊張状態が緩和され、笑いが生まれるのではないだろうか。

欲望に正直に行動するとセクハラを繰り返すみたいな話になりがちだが、本作は現代的にアップデートされている。
第6話で太った女性がイケメン吸血鬼に執拗に迫る話があったのだが、ルッキズムの問題に正面から向き合ったような結末だったので感心した。
これはポリコレに配慮しているというより、現代の読者が笑えるものを描いているということではないだろうか。あまりにポリコレを逸脱していると、読者が引いてしまって笑えなくなるからだ。


しかしながら、上記の2要素は笑いの必要条件にすぎない。
感動は「欠落→充足」といったフォーマット通りに創作すれば、ある程度のものは生み出すことができる。
一方、笑いは、前記のような理論で面白くなりうる設定を作ることはできても、少し匙加減を間違えると、全然笑えなくなってしまう。
実際に笑える作品にするのは必死に頭を捻るしかないのだ。

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