東雲製作所

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M-1グランプリ2021感想

(本稿はM-1グランプリ2021のあからさまなネタバレを含みます。)

1.人生そのものの漫才
M-1グランプリ2021は錦鯉が優勝した。優勝を決めた猿捕獲のネタには笑い転げた。
長谷川氏が猿よりバカな言動をするというひたすらバカバカしい漫才でありながら、どこかじんわりと心が暖かくなる。

この漫才は第四の壁を破っている。第四の壁とは舞台と観客との間に存在する仮想的な壁のことだ。舞台上の世界と観客のいる世界は別世界だが、両者がコンタクトをとって地続きになることを第四の壁を破ると言う。
錦鯉の漫才はコントインすると長谷川氏が渡辺氏のツッコミに全く反応しなくなることから、両者は舞台上の役者と観客、テレビドラマの役者と視聴者のような別世界に存在しているものと思われる。
ところが、猿捕獲漫才ではクライマックスで突如渡辺氏が長谷川氏の世界に乱入。長谷川氏を抱きかかえ、丁重に床に横たえる。このことが、舞台上の役者を心配した観客が芝居に乱入したような劇的な効果を生んでいる。

舞台裏ドキュメンタリーによると、目標を失ってギャンブルにのめり込み借金を作っていた長谷川氏に渡辺氏が声をかけてコンビを結成し、ネタ作りに取り組むことで更生させたのだと言う。
猿捕獲漫才は、猿捕獲という目標を見失い、わけが分からなくなってしまった長谷川氏に渡辺氏が駆け寄り、優しく抱きとめる。渡辺氏にそっと寝かされた長谷川氏は正気を取り戻し、「ライフイズビューティフル」と言う。これは錦鯉の人生そのものだ。

ファーストラウンドで最高得点を出したオズワルドの漫才も、畠中氏が伊藤氏に「親友だから友達にはなれない」と告げるという心温まるオチがついていた。
もちろんM-1グランプリは漫才の大会なので温かさより面白さの方が重要なわけだが、すごく高いレベルのせめぎ合いで、他の要素が拮抗している場合、温かさのプラスアルファがある方が勝ったという可能性は否めない。


2.オズワルドの順番
オズワルドの漫才は繊細だ。奇妙なことを主張する畠中氏に、伊藤氏が独特のワードセンスでツッコんでいく。大声で畳みかけるようにボケとツッコミを詰め込んでくるコンビが多いM-1の舞台において、彼らのスローテンポであまり声を張らない漫才は異色だ。料理で例えるなら寿司のような漫才だ。

オズワルドの漫才を強い笑いの後に見ると、繊細な味わいが感じ取れず、寂しい漫才に見えてしまう。カレーの後に寿司を食べても美味しくないようなものだ。
M-1グランプリ2019と2020で、オズワルドはミルクボーイとマジカルラブリーという、最も強い笑いを生み出したコンビの後に登場したため、点数を伸ばせなかった。2年続けて優勝コンビの後になるとは、相当な運のなさだ。

だが、そんなオズワルドにも今年、ようやく運が回ってきた。真空ジェシカの直後になったのだ。真空ジェシカは中規模の笑いを確実に積み重ねてくる正統派のコンビ。料理で言うなら幕の内弁当のような感じだ。真空ジェシカの後というのはオズワルドにとってベストの順番。ネタ自体が素晴らしかったこともあり、オズワルドはトップの点数でFINALラウンドに進出した。

以前のM-1では、1位通過者から順にFINALのネタ順を選んでいた。だが、毎年1位が3番目、2位が2番目を選んでいたからか、今年は最初から1位が3番目、2位が2番目と決められていた。これがオズワルドにとって不運だった。もしオズワルドにネタ順の選択権があったなら、1番目か2番目を選んでいたはずだ。とにかく、錦鯉の後というのは最悪だ。審査員は10組も強い笑いを見続けて、笑いが満腹になっている。そこへ大盛カツカレーみたいな錦鯉のネタを見て、その後で、寿司が出てきたって美味しく感じる訳がない。

錦鯉のネタが滅茶苦茶面白かったので、順番が違っていても錦鯉が勝ったとは思うが、審査員がかなり迷っていたのだから、ちょっとした印象の違いで採点がひっくり返った可能性はあっただろう。


3.欠落を回復する漫才
キングオブコント2021の感想で「漫才はボケとツッコミの主張のギャップによって笑いを生み出しているので欠落を回復できない。」と書いた。

shinonomen.hatenablog.com


ところが、M-1グランプリのトップバッターとして登場したモグライダーの漫才は、「さそり座の女以外の可能性を全部消してWIN-WINにしたい」という願いが叶って終わったので驚いた。
検索ちゃんネタ祭りでやっていたトム・ブラウンの「ポンデライオンを野生に返したい」というネタも野生に返すことに成功して終わっていた。
欠落が回復されると雰囲気が和やかになる。今後は回復して終わる漫才が増えるかもしれない。

www.m-1gp.com