(本稿は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』と『【推しの子】』のあからさまなネタバレを含みます。)
【推しの子】(原作:赤坂アカ、作画:横槍メンゴ)が最終回を迎えた。ネットの反応を見ると最後の展開に納得がいかないという意見が多い。
【推しの子】ラストの展開を見て私が連想したのは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(原作:臼井儀人、監督:原恵一)だ。
(以下、両作品の致命的なネタバレを含みます。)
両作品は共に「死んだはずだったヒーローが超常的な力の介入によって生きのびる。ヒーローはヒロインを守るという使命のために敵と戦い、使命を果たした後に死ぬ。」という構造を持つ。
『アッパレ!戦国大合戦』における又兵衛の死は非常に納得がいく。一方、『【推しの子】』におけるアクアの死はいまいち納得がいかない。何故か。
『アッパレ!戦国大合戦』では上記の構造が物語の主骨格であることがはっきりしている。かりそめに得た命だから、使命を果たしたら返上しなくてはならないという理屈が明瞭なので、又兵衛の死は衝撃的で悲しくはあるが、納得はいく。
一方、【推しの子】はアクアとルビーの話、アクアとかなの話、アクアとあかねの話がほぼ同じウェイトで語られている。
これには良い点もあって、【推しの子】はどういう結末になるか全く予想がつかなかった。次々予想外の衝撃的な出来事が起こり、先が読めない本作の面白さは、メインストーリーが複数あるという構造にも起因している。
だが、この構造は、結末をつける段になると大きな欠点となる。本作は三つ背骨がある骨格のようなもの。どれに頭をくっつけて骨格を完成させても、他の二つの背骨は何だったんだとなってしまう。
ネットの感想の中に、本作のラストはギャルゲーの好感度不足エンドみたいだという評価があった。私の意見はちょっと違っていて、アクアはルビーを守るために死んだのだから明らかにルビーエンドだろう。
読者にルビーエンドを納得させるには、かなやあかねとの話は背骨ではなく腕(=サブストーリー)だと認識させておく必要がある。三つの背骨の描き方に優劣をつけなかった時点で多くの読者が納得がいく結末をつけることは難しい。
それとは別に、ゴロー=アクアは何も悪くないのに何で死なねばならんのかという不満も強い。ゴローの過失によってさりなが死んだとか、そこまででなくてもさりなの死に目に立ち会えなかったというような何らかの負い目を感じる要素があれば、もう少しアクアの死に納得がいったのではないか。