東雲製作所

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面白いだけで良い――バケモノの子感想

(本稿は『バケモノの子』のネタバレを含みます。)

 『バケモノの子』(細田守監督、スタジオ地図)はワクワクする異世界冒険活劇映画だ。主人公九太が迷い込むバケモノ達の町、渋天街の光景には好奇心を刺激されるし、住人のバケモノ達もキャラが立ちまくっている。何より九太の師匠になる熊徹が魅力的だ。子供っぽくてわがままで粗暴だが、豪快で男気があって愛に溢れている。本作の魅力の九割は熊徹にあると言っても過言ではない。
 本作はアニメーション本来のキャラクターが動くことそのものの魅力に溢れている。熊徹と猪王山のバトルは見ていて拳に力が入るし、九太が熊徹の動きを真似するシーンでは観客の子供たちが声を立てて笑っていた。

 それだけに、現実世界の魅力の無さが際立っている。ヒロインの楓も九太の父もリアリティの高い造形のせいでバケモノ達に比べ全く印象に残らない。恐らくそれは意図的なものだ。監督は、現実世界をメルヴィルの白鯨のような胸躍る冒険のような出来事は起こらない世界として対比的に描いている。

 作中、九太は師匠である熊徹を内在化することで現実世界を生き抜く力を得た。このことは観客に対するメタ的メッセージとなっている。つまり、『バケモノの子』という映画が観客にとっての渋天街であり、熊徹のメッセージを内在化させることで観客につまらない現実世界をサバイブする力を与えるのが監督の狙いなのではないか。
 だが、そうであるならばなおさら現実パートをこんなにたっぷり描いて、作品の勢いをそぐことはなかった。

 監督の意図やテーマを作中に入れると作品が深くなったように見えるが、そんなのは観客が勝手に感じ取れば良いのであって、作中で明示する必要はない。本作では現実の渋谷より渋天街の方が圧倒的に魅力的なのだから、その魅力だけで押し切って欲しかった。
 テーマは作品を面白くする一要素にすぎない。圧倒的に面白ければテーマなどいらないのだ。