東雲製作所

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「蜘蛛ですが、なにか?」に学ぶキャラクターの立て方

(本稿は「蜘蛛ですが、なにか?」の抽象的ネタバレを含みます。)

蜘蛛ですが、なにか?』(原作・シナリオ監修:馬場翁、監督:板垣伸、アニメーション制作:ミルパンセ)は蜘蛛に転生した「私」を中心とした群像異世界ファンタジーだ。
蜘蛛ですが、なにか?』には二人の主人公がいる。私(蜘蛛子)とシュンだ。
二人はキャラクターとしての魅力が天と地ほど違う。蜘蛛子はライトノベル屈指の面白いキャラだ。悠木碧氏の熱演もあって、滅茶苦茶魅力的だ。一方のシュンは凡百の主人公程度の魅力しかない。
二人を比較することでキャラクターの立て方を学ぶことができる。

1)二面性がある。
ヤンキーが捨て猫にミルクを上げていると魅力的に見えるように、人はギャップのあるキャラに心動かされる。
蜘蛛子は人間は経験値が稼げて美味しいなどと言いながら平気で敵兵を殺すような残虐性を持っているが、赤子を助けてあげるような善良さも持っている。読者が嫌いになるぎりぎりのラインを突いた絶妙なバランスだ。
一方、シュンは善良なだけなのでキャラクターに深みがない。
魅力だけでなく、欠点や悪い面を設定することでキャラクターに深みが出るのだ。

2)過酷な試練を与えられている。
主人公が立ち向かっている試練が過酷なほど、視聴者は応援したくなる。
蜘蛛子は次から次へと死ぬ寸前のピンチへ追い込まれるが、勇気と知略を駆使し、たった一人で強大な敵に立ち向かう。
一方のシュンはいつも仲間に助けてもらっている。蜘蛛子に比べて甘やかされている。
主人公には作者が考えうる限り最も過酷な試練を与えるべきだ。それを乗り越えることで主人公が大きく成長するのだ。

かけあいの面白さが出せないので、蜘蛛子のように主人公が延々単独行しているというのは異例だ。単独行なのに話が成立させられるということをとっても蜘蛛子がどれだけ良いキャラか分かる。

3)読者の想像を超えた行動をする。
主人公が予想外の行動をすると、視聴者は先の展開が読めず、話がスリリングになる。
蜘蛛子は無鉄砲で好戦的な性格なので、視聴者の想像を超えた行動に出て、波瀾万丈のストーリーになっている。
一方のシュンは常識的な性格なので、行動に驚きがない。
蜘蛛子の場合、もう逃げないという強い信念が無鉄砲な行動につながっている。キャラクターに強い信念を持たせると、話が劇的になりやすい。


このように、シュンは蜘蛛子に比べて全然魅力がないが、最後まで見たらなぜシュンがこういうキャラになったのかがわかった。

蜘蛛ですが、なにか?』には大きく二つの魅力がある。蜘蛛子のキャラとミステリー的大仕掛けだ。
シュンは視聴者のアバターとして視聴者に情報を伏せておくためのキャラ。いわゆるワトソン役だったのだ。
ワトソンはホームズより穏当な性格である必要があるし、いきなりホームズを裏切ってモリアーティー教授についたりしたら作品世界が崩壊してしまう。アバターはあまりキャラが立っていては困るのだ。