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天晴爛漫!感想――ホームズは絶望しない。

(本稿は『天晴爛漫!』の重大であからさまなネタバレを含みます。)

「天晴爛漫!」(監督:橋本昌和、アニメーション制作:P.A.WORKS)は、自動車黎明期に実際に行われたアメリカ横断自動車レースを舞台にした冒険活劇だ。キャラクターが魅力的で夏アニメでは屈指の面白さだったが、もっと面白くできそうなのにもったいない感も強かった。
せっかくアメリカ横断自動車レースという面白い題材を発掘したんだから、自動車レースそのものの面白さをもっと掘り下げて欲しかったし、そのためには13話ではいかにも話数が足りなかった。もともと2クールの企画だったのではあるまいか。

本作最大の問題は、主人公天晴に克服すべき欠陥がないのに成長物語の構造を採用したことだ。
天晴は天才メカニックだが、周りに合わせて妥協することを知らないので、次々トラブルを引き起こす。
私は天晴の我が道を行く性格が欠陥であり、成長して周囲への気遣いを身に着けるのだと予想していた。実際、天晴は中盤で帰ってこない仲間のホトトを置いて出発しようとしていたのを思いとどまり、帰りを待つという成長を見せる。

だが、天晴は肝心な所で成長しない。
成長物語では、主人公が大切なものを失って絶望し、今までの自分を痛切に悔いることで、新たな自分に生まれ変わる。
本作でも天晴は自分をかばって撃たれた相棒の小雨が死の危機に陥り、深く落ち込む。だが、復活後の天晴は前と特に変わっていない。これでは何のために天晴を絶望に叩き落したのか分からない。

一方、小雨の成長は見事に描けている。
小雨には母を殺された過去があり、そのショックから命のやり取りをするような場面で刀が抜けないという欠陥を抱えていた。
小雨は襲撃を受けた際に怯えて刀が抜けず、仲間を連れ去られてしまう。絶望した小雨はバーの女店主の助言をきっかけに再び立ち上がり、遂に刀を抜いて敵を倒す。
これはお手本のような成長物語であり、心をぐっとつかまれた。

天晴と小雨の物語の成否を分けたのは、問題の有無だ。小雨は克服すべき過去を抱えているのに対し、天晴は抱えていない。天晴の我が道を行く性格は欠点というより魅力だ。従って成長しようがない。

克服すべき問題を持たないキャラクターはアイデンティティクライシスに陥らせるべきではない。絶望させても物語構造上意味がないからだ。シャーロック・ホームズは絶望したりしないのだ。

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