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見るなの禁止と量子論――君の名は。感想

(本稿は『君の名は。』のネタバレを含みます。)

 『見るなの禁止』をご存知だろうか。見てはいけないと言われたにも関わらず見てしまったために良くないことが起こるという物語の類型で世界中の神話や民話に見られる。
 日本において最も有名なのは鶴の恩返しだろう。日本神話でもイザナギが死んだ妻、イザナミを黄泉の国へ迎えにいった時、イザナミから私の姿を見てはいけないと言われる下りで登場する。興味深いことにギリシア神話オルフェウスとエウリュディケーの話もほとんど同じ構造を持つ。
 何故死者の国に行った夫は妻の姿を見てはいけないのか。それは量子論的に解釈できる。

 シュレディンガーの猫という仮想実験がある。電子銃によって50%の確率で毒が出る箱の中にいる猫は、生きた状態と死んだ状態が重ね合わさった状態にあり、箱を開けて観測すると同時に生きているか死んでいるかどちらかの状態に収束する。

 生者と死者の世界は本来はっきりと分かれており、互いに立ち入ることができない。生者と死者が会うことが出来るのは、生者と死者が重ね合わさった状態、いわば不確定状態にあるからだ。そこで生者が死者を見てしまうと、状態が収束し、不確定状態が終わってしまう。だから見てはいけないのだ。

 

 『君の名は。』(新海誠監督)は神話を量子論的に解釈した作品だ。物語中盤、主人公の二人は互いの名前を忘れてしまい、何度も君の名は、と問うことになるが、その理由は量子論的に説明可能だ。

 ストーリーは不確定状態と確定状態を往復しながら進行する。東京の男子高校生瀧と地方の農村糸守の女子高校生三葉に週に二三日、心が互いの体と入れ替わる現象が発生する。この状態が起こっている時、二人は重ね合わせの状態=不確定状態にある。

(以下あからさまネタバレを含むので反転します。)
 やがて、入れ替わりが起きなくなり、瀧は三葉を探しに糸守へ向かう。そこで瀧が三葉の現在の状態を知った時、スマホの日記アプリ内の三葉の記述が消え、三葉の名前を思い出せなくなる。これは観測によって瀧が三葉の状態を確定させてしまったからに他ならない。

 その後、瀧は三葉を取り戻すため、象徴的なあの世に向かう。ここは明らかにイザナギイザナミ神話を元にしている。瀧が三葉が奉納した口噛み酒を口にすると、入れ替わり状態が復活する。口噛み酒は三葉の半分が入れられたもの。瀧は三葉の半分を体内に取り込むことで重ねあわせの状態=不確定状態を取り戻したのだ。

 三葉が瀧の手の平に名前を書こうとして黄昏時(=不確定状態)が終了するのも量子論的に説明できる。忘れないように名前を書くということは、名前を確定させようとする行為だからだ。

 本作の見事な所は、不確定状態が確定状態に収束する時、観客もまた瀧と同じような感覚を味わうよう綿密に計算されている点だ。特に瀧が手首につけている紐の由来が明らかになるシーンでは泣いてしまった。
 状態収束の衝撃とカタルシスをぜひ体験して頂きたい。

 

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