東雲製作所

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アホの前向き力――夜桜ヴァンパネルラ感想

(本稿は『夜桜ヴァンパネルラ』の内容に触れています。)

 杉井光作品の多くは同じ構造を持っている。すなわち1「ナイーブで切れ者なヒーロー」による一人称で語られ、2「ヒーローに惹かれている真面目なツンデレヒロイン」がヒーローの無自覚な言動によってヤキモキするのが萌えポイントになっている。他に、3「サバサバした性格の世話焼きサブヒロイン」、4「ツンデレなヒーローの兄貴分」、5「ヒーローを誘惑する色っぽいお姉さん」、6「豪快な性格の熊親父」、7「ギャグメーカーのアホな男集団」のうちいくつかが登場し、ヒーローが彼らのボケにツッコミを入れつつ話を進めていくのが定番のパターンだ。
 杉井氏本人が講演で「スターシステム」だと語っているように、キャラパターンの流用は自覚的なものであり、それが氏の驚異的量産にも関わらず落ちないクオリティを支えている。

 だが、吸血鬼版相棒とも言うべき新作『夜桜ヴァンパネルラ』(電撃文庫)では1「ナイーブで切れ者なヒーロー」をヒーローから外して、従来7「ギャグメーカーのアホな男集団」に属していた端役キャラにあたる桐崎紅郎をヒーローに据えている。このことで、作品全体の大変革が行われている。というのも、アホな男では語り手は務まらないため、従来のヒーローによる一人称は採用できなくなったのだ。かと言って、ヒロインの一人称にすると、ヒロインの可愛さを外から描けないため、これも難しい。従って、本作で三人称が採用されたのは必然と言って良い。
 さらに、従来ヒーローが担っていた、「ナイーブなキャラが葛藤の末に決断する」「ツッコミ」という二つの役割もヒロイン櫻夜倫子が担当することになった。ヒーローをアホにしたことでドミノ倒しのように変革が必要になっている。「ナイーブで切れ者なヒーローによる一人称」がいかに完成された形式だったのかが分かる。

 杉井作品でアホな男がヒーローなのは初めてだ。従って、本シリーズで作者はアホなヒーローとコンビを組むヒロインをいかに可愛く書くかを巡って試行錯誤している。一巻では「ナイーブで切れ者なヒーロー」タイプの監察官、矢神修二の視点を加えることで、倫子の魅力を多角的に描くというアプローチがなされている。
 三人称の長所はあらゆる視点から多角的に描けることだが、短所はあらゆる視点から多角的に描けてしまうので、書かないことの切り捨てが難しいことだ。一巻は倫子の魅力がたっぷり描かれている分、話のテンポが遅くなってしまっていた。
 二巻ではナイーブな切れ者の代わりに格好良いアホの新キャラ、志津谷竜胆を投入。可愛いアホである紅郎視点のシーンも増やしてアホ成分を倍増させることで作品がぐっと前向きになった。アホの良い所は悩まないので話をどんどん先に進めてくれることだ。

 アホの真直な前向き力が駆動するかつてなく熱い杉井作品をぜひご一読あれ。

 

夜桜ヴァンパネルラ (電撃文庫)

夜桜ヴァンパネルラ (電撃文庫)