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逆イールド発生後の投資戦略

3月29日に米国10年国債と米国2年国債の利回りが逆転する逆イールドが発生した。

左軸がS&P500($)、右軸がイールドスプレッド(%)

 

過去の逆イールド発生後の値動きから、今後採るべき投資戦略を考える。

1.逆イールドとは

逆イールドとは短期国債金利が長期国債金利より高くなることを指す。米国2年国債と10年国債の利回りを比較することが多い。通常はお金を長期間拘束される長期国債(10年国債)の方が金利が高い。

逆イールドは景気後退のサインと言われる。1980年以降6回の逆イールドでは必ず景気後退が発生している。(コロナショックは厳密には景気後退ではないという意見もある。)

なぜ逆イールドが発生すると景気後退が起こるのだろうか。
逆イールドが発生するのは、市場が今から2年目以降にFRBが利下げをすると予想しているからだ。
逆イールドは利上げ局面で発生する。逆イールドとは、「債券市場が、FRBが利上げによって景気を冷やしすぎて景気後退を引き起こし、再び利下げして景気を温めなければならない事態に追い込まれると予想している。」ということを示しているのだ。


2.逆イールド発生後のS&P500の値動き

過去4回の最初に逆イールドが発生した週を100とした逆イールド発生後のS&P500の値動き(週次データ)を示す。

縦軸が%、横軸が週後

1)2019年8月の逆イールド
直近の2019年8月の逆イールドでは、24週目に115.5%まで上昇した後、29週目に78.8%まで暴落した。
ただし、これは新型コロナウイルスのまん延というイレギュラーによって発生した暴落であり、逆イールドが予見していた暴落とは言い難い。逆イールドは「今後2年間よりそれ以降の金利が低い」ことを示しており、2年後以降の景気後退を予見しする事象だからだ。コロナショックによって逆イールドの予見が正しかったのか不明になった事例と見るべきだろう。

2)2005年12月の逆イールド
2005年12月の逆イールドでは93週後に125.1%まで上昇を続けた後に、下落に転じ、143~145週にかけて大暴落が発生した。いわゆるリーマンショックだ。株価はその後も軟調に推移し、166週後には54.7%まで下落した。高値からは半値以下になったということだ。

3)1998年5月の逆イールド
1998年5月の逆イールドでは94週後に137.1%まで上昇し、117週目まで横這いが続いた後長期下落トレンドに入り、226週後に71.9%でようやく下げ止まった。ITバブル崩壊だ。

4)1988年12月の逆イールド
1988年12月の逆イールドでは、大きな下落がないまま順調に上昇し、297週目には171.5%に達した。景気後退したとは思えないチャートだが、1年7カ月後(82週後)に景気後退入りしているらしい。82週後から95週後にかけて132.9%から108.6%に下落したのが景気後退入りの影響なのだろう。

過去3回では逆イールド発生から82~94週後のピークまでに25.1%~37.1%上昇している。
過去3回とも82週後までは株価は堅調に推移している。逆イールド発生後1年半は株価が堅調だということだ。
だがその後の値動きは大きく異る。1988年12月の逆イールドでは小規模の調整後は順調に上昇し続けたのに対し、1998年5月と2005年12月の逆イールドでは株価の暴落に見舞われている。1998年5月の逆イールドでは高値から47.6%、2005年12月の逆イールドでは56.3%もの暴落が発生している。

なぜ1988年12月の逆イールドでは大きな下落が起こらなかったのだろうか。
過去3回の逆イールド発生月のCAPEレシオは下記の通りだ。
1988年12月 14.7
1998年5月 36.95
2005年12月 26.44

1988年12月は元々株が割安だったから暴落が起きなかったのだ。
2022年4月29日時点でCAPEレシオは32.53とかなり割高だ。 
バリュエーションで見る限り、今後景気後退が発生した場合、1988年12月のように暴落を回避できるとは考えにくい。

ただし、景気後退しない可能性はある。
過去3回の逆イールドの発生期間と幅は下記の通りだ。
1988年12月 19週連続最大-0.427%の逆イールド
1998年5月 5週連続最大0.052%の逆イールドが発生。後には48週連続最大-0.517%の逆イールドも発生している。
2005年12月 5週連続最大0.156%の逆イールド
一方今回は逆転したのは1週だけで逆転幅も-0.074%にすぎない。

逆転期間が長いほど偶発的に逆イールドが発生した可能性が下がるし、逆転幅が大きいほど市場は大幅な利下げを予想している。
今回は期間も逆転幅も小さいので、過去3回よりは景気後退の確度が低いと言えそうだ。

まとめると、景気後退が起こった場合、バリエーションが割高なので暴落が発生する可能性が高いが、過去3回よりは景気後退を回避できる可能性が高い。


3.採るべき戦略

過去の値動きを見る限り、逆イールド発生後1年半は株価が上昇している。さらに、今回は逆転期間や幅が小さいので、景気後退が回避できる可能性もある。
従って、逆イールドが発生したら株を全て売り払って暴落に備える戦略は間違っている。

一方で、景気後退の可能性を無視して機械的に定期買いを続ける戦略も正しいとは言いがたい。過去の景気後退を伴う株価の暴落では半値前後まで下落している。無視するにはあまりに損失が大きすぎる。

対策の一つは200日線を割り込んだら10%売るなどと決めておいて、暴落初期に売り逃げる方法だ。
短期売買に長けた投資家であればこの方法でも良いが、慣れない人がやるといざと言う時に売り時を逃してしまい、底まで下落してから売るということになりかねない。
この方法を採るなら、あらかじめ逆指し値をいれておくなどして確実に売る必要がある。

最も現実的な対策は現金比率を高めに維持することだろう。高橋ダン氏は現金比率を通常時の10%から30%に上げることを推奨している。
現金比率が低く暴落に対する備えができていない人は、1年半ぐらいかけて徐々に現金比率を上げておいた方が良いだろう。レバナスのようなレバレッジ商品を持っている人も危険なのでどこかで売っておいた方が無難だ。


4月末までの値を加えて改訂した関係式(注1)から算出した4月29日時点での適正PERはS&P500が16.93、NASDAQ100が20.24となった。
S&P500は9.98%、NASDAQは14.72%割高だ。
直近1ヵ月でS&P500は9.11%、NASDAQ100は13.50%下落したが、米国債利回りの急上昇を埋め合わせる程は下げてない。

過去の事例では逆イールド発生後1年半は株価が上昇しているし、米国が景気後退するような予兆もないので慌てて一気に売る必要はない。だが、いずれ50%近い暴落が起きる可能性も無視できない。
暴落に対する備えができていない人は、定期購入の量を減らしたり、値上がりした所で少し売ったりして、徐々に現金比率を上げておくのが良いのではないだろうか。


注1)
Y=0.7442X+3.7185 (Y=S&P500益利回り、X=米国10年債利回り) 
X=2.938なのでY=5.905(PER16.93)が適正値。4月29日時点のPER18.62は9.98%割高。
Y=0.7113X+2.8502 (Y=NASDAQ100益利回り、X=米国10年債利回り) 
X=2.938なのでY=5.000(PER20.24)が適正値。4月29日時点のPER23.22は14.72%割高。