東雲製作所

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リスニング四天王物語

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 昔々、天界の外れにある隠れ里に、りんご、にんじん、きゅうり、ぶどうの四兄弟が暮らしておりました。
 りんごとにんじんには羽根があり、空を自由に飛び回ることができます。きゅうりとぶどうは羽根はありませんがたいそう力持ちで、家ほどもある岩を軽々と持ち上げることができました。
 仲良しの四人はいつも一緒。毎日野山を駆けまわって遊んでいました。
 昔のことを覚えていない四人は、良く両親のことを想像して語り合いました。
「きっと羽根があって力持ちに違いない。」
四人は頷き合いました。
「優しい人だといいなあ。」
四人は深く頷きました。

 ある日、いつもの様に鬼ごっこをして遊んでいた四人は、羽音を聞いて足を止めました。四人はたいそう耳がよく、里の外れの物音すら聞き取ることができたのです。真っ白の服を着た羽音の主はどんどん近づいてきて、ついに里の中に降り立ちました。四人は驚きました。里に誰かが訪ねて来るなど、初めてだったのです。
「我は天使国よりの使者である。りんご様、にんじん様。天使長の命であなた方をお迎えに参った。」
使者の話の話を聞いた四人は目を丸くしました。何と、りんごとにんじんは天使国を統べる天使長が野菜国、果物国の娘との間にもうけた子供だと言うのです。天使軍は野菜・果物連合軍と長らく敵対関係にあり、二人のことは秘されてきました。だが、この度、二国との和平が成ったことから、天使国に呼び戻すことになったと言うのです。
「我ら四人は兄弟です。私とにんじんが天使長の子供だと言うなら、きゅうりとぶどうもそうなのではありませんか。」
りんごの問いかけに、使者は激昂しました。
「断じて違う! 天使長様のお子なら立派な羽根を持っているはず。この二人には羽根がないではないか。」
使者はきゅうりとぶどうを冷たく一瞥すると、りんごとにんじんの肩に手をかけました。
「さあ、天使長様がお待ちです。早く参りましょう。」
りんごとにんじんが逡巡していると、きゅうりが二人の背中を押しました。
「せっかくお父さんに会えるんだ。行かない手はないよ。」
ぶどうも二人の肩を叩きました。
「そうだよ。天使国に行ってお父さんのことを見てきてくれよ。」
それを聞いてりんごとにんじんも天使国へ行く覚悟を決めました。二人は何度も振り向きながら、天使国へと飛び立って行きました。

 その晩のことです。きゅうりは何者かのヒソヒソ声で目を覚ましました。村外れで誰かが密談をしているようです。耳をそばだてるとこんな声が聞こえてきました。
「あいつらの存在は天使国にとって邪魔なのだ。確実に始末しろ。」
続けて、複数の羽音が一目散にこちらに向かってきます。きゅうりは慌ててぶどうを揺り起こすと外に飛び出しました。すると空から無数の矢が飛んできました。空に黒装束の天使数名が並んで矢を放っているのです。
 きゅうりは杉の大木を引っこ抜いて構えました。しかし、天使達ははるか上空にいて届きません。
「ぶどう、僕を投げろ!」
ぶどうは頷くと、きゅうりを大木もろとも空に投げ上げました。きゅうりは大木を横薙ぎにして、天使たちを打ちました。叩き落された天使達はほうほうの体で逃げて行きました。
「やつらは天使国の手の者だと言っていた。このままではりんごとにんじんが危ない。」
「すぐ助けにいかなくちゃ。」
二人は急いで旅支度を整えると、天使国の都へ向けて旅立ちました。
 三日三晩歩き続け、都までの中ほどまで到達した時、二人の耳は無数の羽音を捉えました。顔を上げた二人は唖然としました。空を埋め尽くさんばかりの天使たちが、手に手に武器を持ってこちらへ向かってきたからです。
「どうやらただでは行かせてくれないようだ。」
きゅうりは二本の大木を引き抜くと、二刀流に構えました。
「誰が来ようが押し通るまでのことよ。」
ぶどうは大岩を打ち砕くと無数の石つぶてを作り出しました。
 こうして二人対三千人の戦が始まったのです。

 一方、天使長の館に通されたりんごとにんじんは、豪勢なもてなしに目を丸くしていました。大浴場ではライオンの口からふんだんに湯が流れ、天蓋つきのベッドはふかふかでどこまでも沈んでいきそうです。
「いやあ。良いお湯だったね。うっかり茹でにんじんになる所だったよ。」
「僕の方こそリンゴジャムみたいな甘い香りがしてきたから慌てて上がったよ。」
二人は朗らかに笑いあいました。
「いよいよ明日は父さんとの対面だね。」
「どんな人だろう。優しい人だと良いなあ。」
すると、館の中で誰かが話をしているのが聞こえてきました。
「今度こそ抜かりはないのであろうな。」
「はっ。天使軍の精鋭、三千を向かわせております。きゅうりとぶどうを仕留めそこねることなどありえません。」
りんごとにんじんは驚いて顔を見合わせました。この人達は一体何を言っているのでしょうか。
「しかし天使長様、本当によろしいのですか。長年会っていないとは言え、きゅうりとぶどうはあなたのお子ではありませんか。」
天使長と呼ばれた男は深々とため息をつきました。
「きゅうりとぶどうが生きている限り、いつ私が天使とドワーフのハーフであることが表沙汰になるか分からん。天使国と野菜・果物連合国との和平は薄氷の均衡の元に保たれておる。もし今、私が純血の天使でないことが発覚し、和平反対派が息を吹き返しでもしてみろ。天界はいつ果てるとも知れぬ戦の時代に逆戻りしてしまう。そんな時に私情を挟むわけにはいかんのだ。」
りんごとにんじんは愕然としました。だが、ショックを受けている場合ではありません。
「きゅうりとぶどうが危ない! 」

 きゅうりとぶどうは奮戦し、各々千人の敵を打ち倒しました。しかしきゅうりの手には既に木はなく、体には槍がささってお盆の馬のようになっています。ぶどうも石つぶてが尽き、半分の実が割れてべとべとになっていました。
 二人を取り囲んだ天使たちは槍を構え、じりじりと包囲の輪を狭めて来ます。
「どうやらここまでのようだ。」
その瞬間、空の彼方から何かが猛スピードで突っ込んで来ました。にんじんです。にんじんはきゅうりとぶどうを掴むと、天使軍の槍衾から間一髪二人を救い出しました。
「今だ! 」
にんじんが叫ぶと、空に待機していたりんごが力の限り羽根を振り下ろしました。巨大な竜巻が起こり、天使軍の面々は吹き飛ばされました。
 次々と大地に落ちてきた天使軍を睥睨し、りんごが声を張り上げました。
「帰って我が父に告げるが良い。今後一切我らに手出しすることは許さん。もしもう一度我らに仇なそうなどと一言でも漏らしてみろ。我ら四人の地獄耳が聞きつけて、たちまち天使軍を討ち滅して見せようぞ。」
天使軍がほうほうの体で逃げ帰ると、四人は抱き合っておいおい泣きました。

 その後、四人は里に帰り、いつまでも幸せに暮らしました。天使軍の面々は、四人の地獄耳と強さを大いに恐れ、畏敬の念を込めてリスニング四天王と呼んだということです。

 

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