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小説とドラマの違い――猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち感想

(本稿は『猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち』の内容に触れています。)

 『猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち』(大山淳子著、講談社文庫)は面白くないシーンが一つもない。
 小説の冒頭、満席の新幹線に乗ってきた二人組が
「切符あるのに席ないわけないやん、探そ」
「おれたち自由席ですねん。自由な席を二枚買うてます」
と席を探しまわり、説明を受けると
「席という名の券売っといて、席足らんこともあるて、詐欺ちゃいまっか。こんな高い金ぼったくっといてからに、立ってろ言うんでっか」
と憤慨するシーンから一気に引き込まれる。

 普通の小説は何箇所か面白いシーンがあり、その間を普通のシーンがつないでいる。一方、本作は全てのシーンが面白い。あまりに面白いシーンばかりなので読んでいて疲れるくらいだ。これは恐らく作者の大山氏がテレビドラマの脚本賞を獲っていることと関係がある。
 小説の読者の大半は小説好きで、ある程度腰を据えて読む。従って、多少つまらないシーンが続いても読んでくれる。一方、テレビの視聴者は移り気なのでつまらないシーンになるとチャンネルを変えられてしまう。その意識の差が、作者にみっちりと面白い本作のような小説を書かせたのではないだろうか。

 もう一つ、小説とドラマの違いについて気づいたことがある。小説はキャラクターの役割を秘匿するのに向いたメディアだということだ。
 本作は死体の誘拐事件と主人公の弁護士百瀬の婚活話が並行して語られる。百瀬が結婚相手を探す話なので、誰がヒロインなのかはミステリーにおける犯人のような謎になっている。
 本作はTBS・講談社ドラマ原作大賞受賞作であり、ドラマのプロデューサーが解説を寄せている。そこにドラマのキャストが書いてあるのだが、二番目に書いてある人がヒロインだと分かってしまった。これはひどいネタバレである。通常のミステリーでも、ドラマではキャスティングを見れば、大物俳優が演じているのが犯人だとだいたい見当がついてしまう。情報量を少なくすることができるというのは小説の大きな強みなのではないだろうか。

 

猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち (講談社文庫)

猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち (講談社文庫)