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緊張の緩め方――晴天の迷いクジラ感想

(本稿は『晴天の迷いクジラ』のネタバレを含みます。)

 窪美澄氏はデビュー作『ふがいない僕は空を見た』でいきなり山本周五郎賞を獲得。本屋大賞2位になった気鋭の作家だ。デビュー作を読んだ時はあまりのすごさに打ちのめされたが、二作目である『晴天の迷いクジラ』(新潮社)も安定してすごかった。本作は四章からなり、前半の三章は由人、野乃花、正子の三人が外部からの大きな力で追い詰められていく様を息もつかせぬ文章で描いていてぐいぐい引き込まれる。地方都市の息苦しい家庭の閉塞感が生々しく描かれていて、読んでいる方まで息苦しくなる。
 一方、四章は三人が連れ立って迷いクジラを見に行く話になり、前半三章で三人にぎゅうぎゅうとかけられてきた圧力が徐々に解放される。そのため、展開に緊張感がなく、文章も心なしか緩んでしまっているように見える。徐々に緊張感が高まるのなら良いが、最後の四分の一だけ緊張感が薄いというのは印象が良くない。160km/sの豪速球を連投した後に150km/sの球を投げると、甘い球に見えてしまうようなものだ。

 緊張が緩んだシーンはどうしても緊張感のない文章になってしまう。何故なら緊張感のある文章で書くと読者がキャラクターの緊張も解き放たれていないように感じてしまい、内容にそぐわない文章になってしまうからだ。そのため、普通のエンターテイメント小説では、主人公がクライマックスで一気に緊張から解き放たれ、その後すぐに終わりになる。
 だが、本作で作者がキャラクターのストレスを緩めるシーンを長く書いた理由も分かる。本作の主人公三人は幼少期から長年かけてあまりに強いストレスをかけられ、心がアイスのようにカチンコチンに冷え固まってしまっている。そのため短期間でスッキリとストレスが解消されたのではあまりに嘘っぽく、テーマに対して不誠実になってしまうからだ。

 

ふがいない僕は空を見た感想

晴天の迷いクジラ (新潮文庫)

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