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男には向かない職業――満願感想

(本稿は『満願』の内容に触れています。)

 『満願』(米澤穂信著、新潮社)は 2014年年末のミステリーランキングを総なめにした短篇集だ。中編、長編にもできそうなアイデアを短編一本ずつに詰め込んでおり、無駄なシーンが全くない。内容も耽美小説、怪談から国際冒険小説までバラエティに富んでいる。極めて完成度の高い作品だ。

 一方で本作はどの作品も読後感が悪い。読み終わるといや~な気持ちになる。
 嫌な気分になる原因の一つが、どの作品も語り手の思い通りにならないということだ。語り手のみならず、ちゃんと描写された登場人物の内、男性のやることは全て上手く行っていない。彼らの殺人計画はことごとく失敗し、探偵をやれば知りたくなかった真実を知るはめになる。「夜警」で、語り手の柳岡は自分や部下の川藤のことを警官には向かない男だと言っているが、本書では柳岡、川藤のみならず、全ての男がミステリーの登場人物に向いていない。
 一方、女性の登場人物はしばしばまんまと計画を成し遂げている。この違いはなぜ生じたのだろうか。それは、キャラクターが男性の場合、作者がキャラクターを自らの実感から切り離せないからではないだろうか。普通の人は殺人に関わることになど向いておらず、それは米澤氏とて例外ではない。
 本書で最高の完成度を誇る「柘榴」では女性キャラクターが最後に語る冷血なモノローグが全編を引き締めている。だが、雑誌掲載時との違いを検証されたサイトを見ると、雑誌掲載時の記述には冷血に徹しきれないためらいが残っていた。単行本化の際に、作者はキャラクターを自分と切り離して冷酷なことをさせることで、完成度を高めた。だが、男性キャラクターの場合、作者はそこまでのことはさせられていない。同性のキャラの場合どうしても自らを投影してしまうからだろう。

 だが私は、殺人事件になど向いていないという作者の実感は、作品と現実世界をつなぐ、大切な紐帯であるように思う。全く実感がこもらない作品は、どんなに完成度が高くても、現実とは無関係で血の通わない箱庭の中の出来事になってしまうからだ。

 

満願

満願