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変革の手斧より寄り添うスター――ただ、それだけでよかったんです感想

(本稿は『ただ、それだけでよかったんです』の抽象的なネタバレを含みます。)

 第22回電撃小説大賞大賞受賞作『ただ、それだけでよかったんです』(松村涼哉著)はネット上に跋扈するディスコミュニケーションを具現化したような小説だ。はてな風に言うなら手斧の投げ合い小説だ。

 物語冒頭で、スクールカースト最下位の地味な生徒、菅原拓が、人気者の四人を追い込み、その内の一人、天才少年の岸谷昌也を自殺させたことが明かされる。しかも菅原は昌也が自殺するまでの一ヶ月間、全校生徒を敵に回して厳しい罰を課され、四人とは接触することすら出来なかったのだと言う。本書の白眉は菅原が四人を追い詰めた斬新なトリックで、オセロゲームのような逆転劇に鳥肌が立った。

 一方、本作の欠点は菅原が四人を追い込んだ策に比べ、革命の継続のために最後に採った手段があまりにしょぼい点だ。昌也の新たな遺書が発見されたことにして世論を誘導するとか、いくらでももっとましな手段があると思う。だが、「敵に回すと恐ろしいが味方につけると頼りない」ネット民的存在である菅原が、敵を叩くことには優秀でも、建設的に変革することには無力であることを示すためには、しょぼい策でなくてはならなかったとも言える。

 インターネットは匿名で発信できるため、つい正義感を振りかざしてきつい言葉を書き込みがちだ。だが、そうやって気軽に投げた言葉の手斧で傷ついている人がいることを忘れてはならない。
 世の中を変えてやろうという正義感から放たれた罵倒よりも、気軽に押されたいいねボタンやはてなスターこそが世の中に必要なものであるということを本書は訴えている。