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頑張って絞り出された言葉――心が叫びたがってるんだ。感想

(本稿は「心が叫びたがってるんだ。」のネタばれを含みます。)

心が叫びたがってるんだ。超平和バスターズ原作、長井龍雪監督)は人魚姫などの童話をモチーフにした青春物語だ。だが、作中のあらゆる要素が定型からずらされている。
冒頭、子供時代のヒロイン成瀬順が山の上のお城に憧れているというエピソードが語られる。一見、シンデレラなどの童話でよく見られる導入だが、何とそのお城というのはラブホテルなのだ。物語は成瀬がそのお城から父親が出てくるのを目撃したことから、あっという間に予想外の方向へ転がっていく。キャラクターがしばしば想像の斜め上の言動をするので驚きの連続だ。

本作で最も感心したのは会話の妙だ。フィクションの登場人物は噛み合った会話をしがちだが、本作では定型的な応答にずらしが入っていて何度も笑ってしまった。例えば、ヒーローの坂上拓実が友人にミュージカルをやることをどう思うか聞くシーン。会話の流れ的に明らかに肯定的な反応が返ってくることを予想していると、ばっさりとした否定の言葉が飛んできて吹き出した。
本作の会話は定型的なフィクションの会話からずれている。だが、現実の高校生の会話ってこういう感じだよな、と思わせるリアリティがある。逆に言うとフィクションにおける定型と現実との間にズレがあり、本作では定型からずらして現実に、より面白い方に近づけようという不断の努力がなされているのだ。

本作でも例外的に噛み合った定型的な会話が交わされるシーンがある。それは罵り合いのシーンだ。本作では他者を傷つける言葉と幸せにする言葉が対比的に描かれている。傷つける言葉は定型的で短慮の元に勢い良く発せられる。一方、幸せにする言葉は考えぬかれて穏やかに、絞りだすように発せられる。例えば、坂上が成瀬の母親に対し、成瀬を擁護するシーン。坂上は何度も「何と言うか」と繰り返し、何と言うかばっかり言ってますけど、と自分で言い出す始末だが、頑張って必死により良い言葉を探していることが伝わってきて心動かされた。

本作は観客を幸せにするために、脚本の岡田麿里氏達スタッフがもっと良い言葉はないかと頑張りに頑張って絞り出した素晴らしい言葉が散りばめられていて、何度も泣かされた。制作陣の頑張りに心からの拍手を送りたい。