東雲製作所

東雲長閑(しののめのどか)のよろず評論サイトです。

カマシと成長の余地――りゅうおうのおしごと!感想

(本稿は『りゅうおうのおしごと!』の内容に触れています。)

主人公とヒロインが強すぎないかというのが『りゅうおうのおしごと!』(白鳥士郎著、GA文庫)を読んだ最初の感想だ。主人公の九頭竜八一は16歳にして将棋界最強の竜王を獲得した天才棋士。八一より明らかに強い棋士はまだ名前も出てきていない名人一人だけだ。
一方、弟子にしてメインヒロインの雛鶴あいはさらにすごく、将棋を始めて三ヶ月なのに難関詰将棋集の『将棋図巧』を二週間で解いたという超天才だ。将棋を知らない人のために分かりやすく言うと、算数の勉強を始めて三ヶ月なのに過去の東大の数学の入試問題を全て解いたとか言っているようなもので、べらぼうである。一巻の時点でこんなに強いのでは、今後二人が上り詰める高みまでの距離がほとんどないじゃないか。

主人公がすごい奴であることを示す「カマシ」はエンターテイメントの重要なテクニックだ。カマせばカマす程読者を分かりやすく惹きつけることができる。特に、本作の題材である将棋は良く知らない人も多いので、ある程度カマシを入れるないと読者の興味を引くことができない。
だがその半面、カマせばカマす程そのキャラがいきなり強くなってしまい、成長の余地が少なくなってしまう。端的に言うと俺TUEEEになってしまうのだ。ファンタジーなら強さインフレを起こすことで成長の余地を増やすことができるが、本作では現実の将棋界が舞台。「名人を倒したら宇宙竜王が降臨!」みたいなことはできない。こんなに主人公とヒロインをいきなり強くしてしまって、今後の展開は大丈夫なのだろうか。
結論から言うと大丈夫である。何故なら作者が白鳥士郎氏だからだ。

エンターテイメントの重要な面白さには成長と無双(俺TUEEE)があり、たいていの小説はどちらかを主軸に据えている。例えば、「赤毛のアン」は成長で「シャーロック・ホームズの冒険」は無双だ。白鳥氏は成長にも無双にも頼らずに面白い小説を描くことができる稀有な書き手なのだ。白鳥作品の面白さの核心。それは、緻密な取材を元に、仕事に携わる人の想いの核心を捉える点にある。本作でもぶっとんだエピソードを入れこんでライトノベル的楽しさを確保しつつ、「棋士のズボンには、利き手の側だけ膝に皺が寄る」といったエピソードで勝負の世界の厳しさをきっちり押さえていて、将棋ファンも唸らせる内容になっている。次巻が楽しみだ。