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高畑勲監督は24年早かった

 高畑勲監督が亡くなった。
 高畑監督程、アニメについて考えた人はいないだろう。天才宮崎駿監督に知名度や興行収入では劣っても、アニメ界への影響は計り知れない。
 私の高畑監督のイメージは基礎研究者だ。基礎研究が実用化され、広く一般化するには時間がかかる。高畑監督の場合、アニメ業界の24年先を行っていた。

 高畑作品のターニングポイントは1991年公開の『おもひでぽろぽろ』だ。本作で高畑作品のリアリズム追求は頂点を極めた。顔の皺まで細かく描きこまれた表情や精緻な背景は今見てもすごい完成度だ。舞台となった場所をロケハンし、緻密に再現するのは今では当たり前のようにやられているが、当時としては画期的だった。
 一方で、過去パートを淡い色調で描いている所からは、後に傾倒していくアニメ的リアリズムの萌芽が感じられる。本作の後、高畑監督はこれまで徹底して追い求めてきた自然主義的リアリズムから、アニメ独自の表現を探求する方向へと作風をシフトさせていく。

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 高畑監督の探求がテレビアニメとして広く定着するのは15年も経ってからだ。
 2006年にTVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』が放映された。本作の緻密な背景や細かいキャラクターの表情は、製作した京都アニメーションの名を満天下に知らしめた。中でも、第26話「ライブアライブ」における顔の皺まで描きこまれたリアルなライブシーンは、『おもひでぽろぽろ』を思わせるものだった。 

 
 2000年代後半から2010年代前半にかけてのテレビアニメは各社がいかに画面内の情報量を高めるかの勝負だった。
 京都アニメーションは細部にとことんこだわり、シャフトはデジタルを駆使した独特の画づくりで一時代を築き、ユーフォーテーブルウィットスタジオが圧倒的な動きを武器にヒットを飛ばした。『らき☆すた』のような漫画的な作品も存在したが、覇権と呼ばれる売上げトップには、実写を思わせる美しい背景の中、細かく描きこまれたキャラクターがぬるぬる動く、画面内の情報量が多い金のかかった作品が君臨していた。
 2015年までは。
 
 2015年、時代の転換を象徴する二つの作品が公開された。
 一つは『響け!ユーフォニアム』。本作で京都アニメーションのリアリズム追求は頂点を迎えた。『響け!ユーフォニアム』のすごさを知るには『あなたは死体を埋めたあとの人間の肉声を出せるか』を読んで頂ければ良いのだが、ドラマよりもリアリティの高い芝居をアニメでやったという点で、歴史に刻まれる作品になるだろう。

 
 もう一つが『おそ松さん』だ。大人になったおそ松くんの五つ子が主役のアニメをやると聞いた時、私が思ったのは、発想は面白いが売れないだろうというものだった。キャラクターは漫画的で今風ではなく、一発ネタに終わるのではないかと思っていた。
 ところが、『おそ松さん』は大ヒットし、2015年で最も売れたアニメになった。これで業界の潮目が変わった。2015年まで、テレビアニメはいかに画面内の情報量を高めるかを競ってきた。いわば足し算の発想だ。それが2015年以降は画面内の情報量を減らす、引き算の発想へと転換した。

  『おそ松さん』はキャラクターや背景のデザインこそ漫画的だったが、動きには金をかけていた。ところが2018年には画もシンプルでタイヤも回らないような低予算アニメである『けものフレンズ』が大ヒットを飛ばした。
 高予算アニメでも『メイドインアビス』や『ひそねとまそたん』のように漫画的・記号的なキャラクターデザインで、絵画的な塗りの作品が目立ってきている。

 

 この背景には、視聴者が日々さらされる情報量の多さに疲れていることがあるのではないか。
 私の場合、レコーダーに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』と『ポプテピピック』の未視聴回があったら、『ポプテピピック』を先に見る。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は観るのに集中力が必要だが、『ポプテピピック』はサクサク気軽に観られるからだ。

 話を戻すと、2015年にテレビアニメで起きた転換は、1991年に高畑監督の中で起こった転換と同じである。つまり、高畑監督は24年も時代に先行していたということだ。
 高畑監督という先行者がいながらこれほど時間がかかるのは、視聴者がついて来れないからだ。1999年に公開され、高畑監督が引き算路線を完成させた『ホーホケキョとなりの山田くん』は大赤字となり、テレビでは一回しか放映されていない。早すぎたゆえの悲劇である。

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 アニメは爆発的発展が終了し、成熟期を迎えている。高畑氏ほど先進的なアニメ監督はもう現れないのではないだろうか。