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なぜ白王子は黒王子に負けるのか

 少女漫画や少女小説に登場するヒーローには2パターンいる。優しく紳士的な白王子と意地悪で粗暴な黒王子だ。普通に考えれば白王子の方が良さそうだが、白王子と黒王子が直接対決した場合、勝つのはたいてい黒王子だ。
 少女小説の源流は『嵐が丘』だ。『嵐が丘』にもエドガーとヒースクリフという白王子と黒王子が登場するが、そこでも最終的に勝ったのは黒王子ヒースクリフである。黒王子の勝利はジャンルの生成時からの定めなのだ。

 では、なぜ白王子は黒王子に敗れるのだろうか。『ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』(ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著、解説西内啓、川添節子訳、日経BP社)を読んだらその訳が分かった。
 白王子は黒王子に勝てない理由。それはこのグラフを見れば一目瞭然である。

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 これはロマンス小説3作品の登場人物の感情の浮き沈みを示したものだ。
 実線で描かれたのが世界的な大ベストセラーになった『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』。粗い点線と細かい点線で描かれたのはそれほど売れなかった二作品だ。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は他の二作品より感情の浮き沈みが大きく、読者の感情をより大きく揺さぶっていることが分かる。
 この実線と粗い点線が示す感情曲線は、そのまま黒王子、白王子とのラブロマンスの感情曲線に置き換えられる。グラフの上半分しか振れ幅を持たない白王子との恋愛より、グラフの下半分も使うことができる黒王子との恋愛の方が、より大きく読者の感情を揺さぶることができるのだ。重要なのは黒王子と言っても徹頭徹尾意地悪なままではないということだ。それではグラフの細かい点線になってしまう。時々優しい面も見せるからこそ黒王子は強いのだ。

 だが、これは物語上での話だ。物語において読者は実際に害されることはない安全圏におり、ドキドキすることを求めている。また、意地悪なキャラもそのうち優しい一面を見せるというお約束があるので、読者は期待を持って読み進めることができる。
 しかしながら、現実の恋愛ではドキドキだけでなく安らぎも求められる。また、現実では意地悪な奴が後で優しくなることは稀で、たいていは意地悪なままだ。従って、現実で黒王子の行動を真似てみても嫌われるだけなのだ。