東雲製作所

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一瞬で伝わるもの――ヨコハマトリエンナーレ2017感想

 ヨコハマトリエンナーレ12年前に行って面白かったのだが、遠いので二の足を踏んでいた。だが、日曜美術館壇蜜さんが紹介していたので、俄然興味が高まった。さらにはぶっださんもレビューを書かれていたので、重い腰を上げて行くことにした。
 
 ヨコハマトリエンナーレ2017(会期8/4-11/5)のテーマは島と星座とガラパゴス。「接続性」と「孤立」というコンセプトで星が緩やかに繋がる星座や島が点在する多島海をイメージした展覧会になっている。以下、特に印象に残ったアーティストについて記す。


横浜美術館会場

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ミスター
 街角の背景の前でベニヤ板に描かれたアニメ風美少女のイラストや大きなフィギュアが無造作な感じで展示されている。遠くから周辺の展示を一望すると、明らかにミスター氏の展示が目立っていて、アニメ絵というのが表現強度が高いということを感じた。

 

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タチアナ・トゥルべ
 一見して何だか良く分からない板が組み合わさったものが展示されている。解説を読むと扉もなく、内部と外部を隔てるという概念もない新しい家なのだという。普通、家というのは内部と外部を隔てて風雨をしのぐという条件の元で建築家が自由な発想を働かせて設計するが、その条件を取り払ってしまうと、あまりに自由すぎて拠り所がない感じがする。

 

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木下晋
 元ハンセン病患者の手・足・顔を大画面に鉛筆で稠密に描いた作品。描いた対象の体に刻まれた年月の重みと、それを画面に刻み込んだ細かい手作業の重みとに圧倒される。

 

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マーク・フスティニアーニ
 ガラスの向こうに無限に続くトンネルがある。恐らくマジックミラーと鏡を使っているのだと思うが、非常に不思議で惹きつけられた。

 

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ピオラ・ピヴィ
 真っ白な光の中、紫や緑などの色鮮やかな等身大の熊が展示されており、とにかく派手。印象を与えるためには見た目のインパクトが大事だと感じた。


横浜赤レンガ倉庫1号館会場

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クリスチャン・ヤンコフスキー
 ポーランドの重量挙げ選手達がワルシャワの歴史的彫刻を持ち上げようとするビデオ、「重量級の歴史」などを展示。バカバカしくも分かりやすいコンセプトの楽しいビデオで、かなり多くの人が足を止めて鑑賞していた。

 

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照沼敦朗
 絵の中に画面が仕込まれていたり、絵が投影されていたりしている作品。無意識領域に直接働きかけられている感じでぞわぞわする。

 

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ラグナル・キャルタンソン
 部屋の周辺と中央に9つの画面とスピーカーが設置されており、画面の中では各部屋の中でミュージシャンがヘッドフォンをつけて演奏している。中には全裸で泡風呂につかって弾いている男性や、裸の女性の背中が見えているベッドサイドで弾いている男性もいる。後者の方は途中で後ろの女性が起きてこないか見ていたのだが、私が見ている間は寝たままだった。
 それぞれの画面の上のスピーカーではそれぞれが奏でる音が鳴っているのだが、それが部屋の中で交じり合って美しくも切ないハーモニーを形成している。この展覧会のコンセプトにぴったりマッチした企画で考えさせられた。ブログを書くような孤独な行為であっても、この展示のようにゆるやかにつながってハーモニーを奏でることはできるのだろうか。だが、そのためには周りの声に耳を澄ませなければならないのではないか、等々。

 

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小西紀行
 日曜美術館壇蜜さんがめまいを感じて座り込んでいた作品。書道の一筆書きのような勢いのある筆致で描かれた人間は、家族を描いているのに底が抜けたような不安な感じがする。

 

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Don't Follow the Wind
 福島第一原発の帰還困難区域に設置された芸術作品を、3Dカメラで撮影。頭からすっぽり被る3D装置をつけて鑑賞するという展示。おそらくわざと重く作られている装置をつけることで、防護服を着ているかのような感覚に襲われる。


横浜市開港記念会館会場

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柳幸典
 真っ暗な地下を歩いて行くと、木の匂いが漂ってくる。大量の廃材が積み重なり、中央に核爆発の映像が映し出されたゴジラの眼球が展示されている。別の部屋では瓦礫が散らばった部屋の方方に、バラバラになった憲法九条の文言が示されたLEDパネルが赤い光を放っている。憲法九条など核の脅威の前では木っ端微塵だと言っているようにも、憲法九条は核の惨禍の廃墟から生まれたのだと言っているようにも見える。


 全体を通して感じたのは、一瞬で伝わるものの方が強く心を揺さぶるということだ。色々とテーマに沿って考えぬかれ、深い意味が込められているんだろうな、と思うような作品もあったのだが、それよりも作品をぱっと見てうわっとなったものの方が印象に残った。
 伝達速度と言う点では絵は圧倒的に速いし、音楽もそれに次ぐ速さだ。散文はそれらに比べ圧倒的に遅く、長く積み重ねないと人の心を揺さぶることができない。この忙しい時代に、散文は芸術として生き残れるのだろうかということを考えさせられた。