東雲製作所

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ナプキン一枚分だけ

  七夕の夜、電撃小説大賞から一次選考落選のメールが届いた。会心の出来で、最終選考までは行くんじゃないかと思っていたので、放心状態になってしまった。
 こういう時、「慰めて」と言える相手がいないのは辛いことだ。

 美味しいものを食べようと、後楽園のカレー屋に行く。L字型のカウンターに八席程が並んでいる。客は誰もいなかった。
 1.5倍増量中のカツカレーの食券を購入し、カウンターに差し出す。皿によそられたご飯があまりに多いので、減らしてと言おうとしたが、減らしてと言うと0.8倍くらいにされちゃうかな、などと考えている内にカツが皿に載ってしまい、山盛りのカレーと対峙することになった。
 スプーンで切れるカツとカレーの相性が抜群である。だがいかんせん量が多い。1/3くらい食べた段階で既に結構お腹がいっぱいになってきた。

 カウンターの壁際で、一センチ程の蛾がよたよたと飛んでいる。動きが緩慢なため、容易に殺せそうだ。だが私は蛾の生死に関わる気になれず、カレー皿に寄って来る度に手で追い払っていた。
 私の後に続々と客が入り、店内はほぼ満席になった。右隣に座った若いサラリーマンが蛾を気にしている。ナプキンを手にとって、蛾の捕獲を試みたが、蛾は私の皿の下に逃げ込んだ。サラリーマンは「済みません」と言いながら私の皿の下に手を伸ばす。目の前に逃れてきた蛾を、私はとっさに右手で叩き潰していた。
 サラリーマンが私にナプキンを差し出す。私はそれを受け取って、蛾の死骸を包んだ。それから私はカレーを食べきって店を出た。

 私は今後、あのサラリーマンに会うことはないだろう。まじまじと見たわけではないので、どんな顔かも覚えていない。だが、彼はあの日、ナプキン一枚分だけ私の心を軽くしてくれたのだ。