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影響が残るという微かな希望――Re:ゼロから始める異世界生活感想

(本稿は『Re:ゼロから始める異世界生活』第一章のあからさまなネタバレを含みます。また、第一章の感想なので、最新刊まで読んでいる人にとっては今更何を言っているんだという内容だと思われます。)

 小説家になろうで公開されている『Re:ゼロから始める異世界生活』第一章を読了。面白くて夢中で端末をフリックした。
 Re:ゼロの面白さの核にあるのは何と言っても主人公が死んだら物語冒頭まで戻ってやり直しになるという『死に戻り』の設定だろう。この設定によってスリルが抜群に高まっている。
 普通の小説では主人公が途中で死ぬことはない。死んだらそこで小説が終わってしまうからだ。従って、どれほど主人公がピンチになっても、読者はどうせ死なないだろうと高をくくって読むことになる。
 だが、本作では『死に戻り』の設定があるので、実際に主人公が死ぬ。従って、読者は主人公が突然死ぬのではないかと気が気ではない。
 さらに、『死に戻り』の設定のお陰で敵もより恐ろしくなっている。普通の小説では敵の恐ろしさを示すため、しばしば第三者を殺させる。だが本作では敵に主人公本人を殺させている。語り手が怖がっていないと読者に恐怖が伝わらない。そして、一度殺された奴と再び対峙するより怖いことなどない。

 問題は『死に戻り』は主人公の記憶以外を完全にリセットしてしまうので物語が進むにつれ、どんどん使いにくくなることだ。「一日巻き戻る」とかなら使いやすいのだが、周囲と構築した関係が完全にリセットされてしまうというのは主人公に、ひいては読者にあまりに大きな喪失感を与えるので、滅多なことでは使いにくい。
 今後一度も使わなければ、何のために『死に戻り』という設定があるのか分からなくなるので、どこかでもう一回は使うのではないかと思うが、何度も使っていると、読者がどうせこの話もリセットされるんだろ、という厭世的な気分になるのでよろしくない。中々難しい設定である。

 死と『死に戻り』=周囲との関係性のリセットはほとんど等価だ。普通の死は本人の記憶が失われて周囲の記憶だけが残る。一方、『死に戻り』は周囲の記憶が失われて本人の記憶だけが残る。
 人間は死ぬと全ての記憶を失ってしまう。にも関わらず生きる意欲を保っていられるのは自分の行動によって世界が変化するからだ。自分が死んでも自分の影響は残るということは生きる上での微かな希望である。もし誰とも会えず、何のアウトプットもできないような場所に閉じ込められたら、生きる意欲を失ってしまうのではないだろうか。