東雲製作所

東雲長閑(しののめのどか)のよろず評論サイトです。

文学少女と戦う司書の部屋の感想

戦う司書と追想の魔女 山形石雄 集英社スーパーダッシュ文庫
血も涙もない悪役っぷりをみせているハミュッツだけど、実際は心に傷を負っていて、早く誰かに断罪してほしくてああいう言動を取っているようにも見える。
今回は、「どんな人の生にも意味がある」というシリーズ通してのメッセージが強く出ていて心うたれた。

ROOM NO.1301 #6 お姉さまはストイック! 新井輝 富士見ミステリー文庫
ROOM NO.1301 #7 シーナはサーカスティック? 新井輝 富士見ミステリー文庫

このシリーズは六巻ではホタルの結婚のことが、七巻では日奈と佳奈の将来がプロローグで描かれているため、読者はホタルや日奈の恋の結末がどうなるか分かってしまう。
何故こういう手法を採るのか考えてみたのだが、作者は彼らの行動が結果としてこういう未来へと繋がるのだという因果関係に光をあてて見せたいのかなと思った。

文学少女”と繋がれた愚者 野村美月 ファミ通文庫
遠子先輩の長台詞も良かったけど、心葉の短い台詞にじんと来た。
それにしても、遠子先輩は寒い日に食べるほかほかの肉まんみたいに関わった人みんなを幸せな気持ちにさせる人だなあ。


いちせさんによる「キャラ萌え派は誰にも感情移入しない」という指摘は実感として肯ける。
整理すると、
・感情移入派
・メタ派―「物語派」「キャラ萌え派」
となるのではないだろうか。

最もキャラクターに感情移入する語りは一人称だが、映画や漫画など、小説以外のメディアでは、完全な一人称視点をとる作品はほとんどない。それは、人間が見えていない部分も感じているから、視覚メディアで、視点人物が見ている範囲のみを示すと、息苦しい、不自由な感じがするからだろう。
つまり、小説では一人称か三人称でも一元視点にして、読者に感情移入させるのが、小説のアドバンテージを生かした戦略なのだと言えるのだが、明確に「感情移入させるぜ」という戦略を採っている小説は少ない。最近読んだものだと、「銀盤カレイドスコープ」くらいだ。
多くの作家が、この小説のアドバンテージを積極的に活かしていないのはもったいないが、最近の読者があまり感情移入を求めていないのかもしらない。