東雲製作所

東雲長閑(しののめのどか)のよろず評論サイトです。

東大王はなぜ面白いのか――好きなことを全力で

『東大王』(TBS系列水曜19:00-)は最も楽しみにしているテレビ番組の一つだ。
現役東大生から選抜された東大王チームが芸能人チームと戦うクイズ番組なのだが、問題文を見る前に押すなどハイレベルな攻防がすさまじい。
特に、芸能人チームに助っ人として加わった東大王OBの伊沢拓司氏が東大王チームと早押し対決をする時は、剣客が真剣で斬り合っているような緊迫感があって、ゾクゾクする。

www.tbs.co.jp

『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』の中でナイツの塙氏が、好きなことを夢中になって語っているとそれだけで面白いと指摘していた。
好きなことを全力でやっている人の姿は魅力的だ。伊沢氏や水上颯氏がクイズをやっているのを見ると、本当にクイズが好きなのが伝わってきて嬉しくなる。

人は能力が最大限に発揮できる環境において、もっとも成長し、成長するから楽しくなるという好循環が発生する。
普通のクイズ番組は視聴者のレベルに合わせているため、回答者の能力が最大限発揮されていない。
他のクイズ番組では『Qさま!!』が比較的ハイレベルだが、クイズ好きな視聴者が解けるレベルの問題なので、カズレーザー氏などは余裕を持って解いていることが多い。
東大王ではしばしば視聴者の大半が解けない超難問が出題される。クイズ番組は視聴者が解いて楽しむものという固定概念からすると掟破りだが、スポーツのスーパープレイを見るような感覚で楽しめる。
出演者は能力を最大限に発揮して戦うのでどんどん成長する。当初は伊沢氏らに全然歯が立たなかった鈴木光氏が、エース格にまで成長し、遂に伊沢氏を倒したり、珍回答でチームの足を引っ張っていた山下真司氏が漢字を猛勉強して難読漢字の猛者と呼ばれるまでになった様には心打たれた。
また、東大王メンバーにも、ひらめき、漢字、音楽、生物などそれぞれ得意分野があり、得意なジャンルのクイズを解く時はとりわけいきいきしている。先日放送された水上颯卒業スペシャルでは最後に東大王メンバーと水上氏が一対一のクイズ対決をしたのだが、各メンバーの得意ジャンルのクイズが出題されていて、スタッフの愛を感じた。
鶴崎修功氏やジャスコ林氏はあまりテレビ向きな性格ではないが、じっくり見ていると面白いキャラクターであることが分かってくる。
視聴者がいきなり見ることが多いテレビでは、出演者に分かりやすいキャラ付けが求められがちだが、東大王では無理に役割を演じさせるのではなく、その人の個性を上手く引き出して、魅力的に見せることに成功している。

 

東大王と対照的なクイズ番組が『トリニクって何の肉!?』(テレビ朝日系列火曜21:00-)だ。

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「トリニクって何の肉!?」はクイズが苦手な芸能人がアホな回答をするのを見て楽しむ番組だ。
同番組では柏木由紀氏が誤答を連発している。柏木氏と言えば神対応で有名だ。ファンに神対応している時、氏の能力は十全に発揮されている。しかし、クイズでは氏の能力が発揮されておらず、あまり魅力的ではない。
この番組では出演者がアホな回答をすることが期待されており、努力してクイズに強くなってしまったら面白くない。成長サイクルとは逆のジレンマ状態に置かれているのだ。

人にはすごい人を見て感嘆したい欲求と駄目な人を見てバカにしたい欲求がある。
後者の欲求が満たされるので「トリニクって何の肉!?」も面白いことは否めない。
だが、前者の感情が多く発露された方が社会が良くなる。人は好きなことをいきいきとやって成長する方が、嫌いなことをやらされて停滞しているより幸せだからだ。

 

株価の暴落を待つべきか

2020年3月の暴落でS&P500は2237.3999まで下落し、2016年12月6日以来の安値をつけた。
2016年12月7日以降に買った投資家は全て、暴落を待っていた方が安く買えたことになる。

一般に、米国株のような右肩上がりの資産では原理的にはすぐに一括投資、心理的には時間分散をして積立投資をするのが良いとされている。
だが、しばしばこのような暴落が起こるのであれば、暴落を待って投資した方が良いのではないか。
そこで、2000年1月~2019年12月の20年間のS&P500の終値を用いて、暴落待ち戦略について検証してみた。

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まず、その日がその日以降の最安値である確率を調べた所、わずか2.723%だった。ほとんどの場合、すぐ買うより下落を待って買った方が良いことになる。
ただし、どのぐらい下落したら買えば良いのかという問題がある。1セントでも良いから下落したら買うのだと、わずか1セントを得するために、するすると上昇してしまって買い逃すリスクを冒していることになり、割に合わない。

そこで次に、10%以上下落する確率を調べると、66.11%だった。買うと決めた日に10%下に指値を入れて待っていれば、2/3ぐらいの確率で買えるということだ。
20%以上下落する確率は49.79%だった。20%下落するのを待つ戦略も半分ぐらいの確率で報われる。

ただし、下落待ち戦略の成功率は時期によって大きく異なる。
20%下落待ち戦略の成功率は、2000-2009年が88.47%であるのに対し、2010-2019年は11.13%だ。
特に2009年2月10日から 2018年1月16日までは20%下落待ち戦略は一度も成功していない。
ざっくり言うと2000年代はボックス相場であり、下落待ち戦略が有効だった。一方、2010年代は上げ相場であり、下落を待つよりすぐ投資する戦略の方が有効だった。

現在はどちらの戦略が有効なのだろうか。
チャートを見ると2017年からボックス相場に入っているようにも見えるし、コロナショックをイレギュラーな事態として除外して考えれば、上げ相場が続いているようにも見える。

2000年代がボックス相場、2010年代が上げ相場になったのはPERの変化による。

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S&P500の実績PERは 2009年のリーマンショック後の異常値を除くと、2000年代は低下し、2010年代に上昇している。
細かく言うと、2002年3月に46.71のピークをつけて下落に転じ、2011年9月に13.5で底を打って上昇に転じ、2018年1月に24.97でピークをつけてから、一時的な下落を除けば高止まりしている。

S&P500は2011年9月から2018年1月にかけて1204.42から2695.81へ上昇している。
株価=PER(株価収益率)×EPS(1株当たり利益)なので、株価が上昇するにはPERかEPSが上がる必要がある。
当該期間に株価は2.24倍になっているが、そのうち1.85倍はPERの上昇がもたらしたもので、EPSは1.21倍になったにすぎない。
EPSの上昇より、PERの上昇の寄与の方がずっと大きい。企業利益が伸びたからというよりは、株が割高になったから値上がりしたのだ。

現在はFRBが限界まで金融緩和を進めた結果、PERはかなり高くなってしまっている。EPS成長率以上の速度で株価が上がることは期待できない。
2000年代初頭のようなバブルが発生して一時的に高騰する可能性はあるが、2010年代のような長期の上げ相場が続くことは考えにくい。

バブル発生の可能性があるので、すぐ売り抜けられる短期投資家は買うのも一法だ。
だが、PERは既に割高で、EPSもしばらくコロナ前の水準には戻りそうもない。経済が完全復活するまではボックス相場になる可能性の方が高いのではないだろうか。

 

ツツジの花の天ぷらを作った。

庭のツツジの花が咲き始めた。
ツツジの花は天ぷらにして食べることができる。
(レンゲツツジには毒があるのでご注意下さい。)
母がツツジを収穫してきてくれた。

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 試行錯誤して揚げてみる。

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 揚げすぎて黒焦げになっている。

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 衣をしっかりつけて揚げると単に小麦粉を揚げたみたいな味になった。これでは駄目だ。

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 衣を薄くしてさっと揚げるとパリッと揚がった。

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ものすごく薄く切ったポテトフライみたいな味だがちょっと酸味がある。サクサクしていて美味しい。
だが、毎日食べていたらさすがに飽きてきた。

 ツツジの花が盛りを迎えた。

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 多すぎ!

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揚げても揚げても終わらないので、まとめて調理することにした。

チャーハン。

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 スパゲッティ。

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 母作の炒めご飯。

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 姉作の酢味噌和え。

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 炒める前。

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 炒めた後。

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 天ぷらにするのはうんざりだが、炒めたり煮たりするとすごく少なくなってしまうので、これはこれで残念なのであった。

 

つみたてNISAでタイミング投資をする方法

個人投資家向けの非課税制度にNISAとつみたてNISAがある。
私は昨年まではNISAを使っていたが、今年からつみたてNISAに切り替えた。

NISAやつみたてNISAには、買った商品が値上がりして出た利益や配当が非課税になるというメリットがある。一方で、損失が出ても計上できないというデメリットもある。
通常の損失は利益と相殺され、トータルで利益が出た分にだけ課税されるのだが、NISAやつみたてNISAで出た損失は利益と相殺できないのだ。
NISAの非課税期間は5年なので、5年目の最後に今回のような大暴落が来たらかえって課税額が増えてしまう。5年後に暴落が来るかなんて分からないから、得をするかどうかは運任せな部分がある。
一方、つみたてNISAは非課税期間が20年ある。米国株や全世界株のような成長株は20年間積み立てをしてマイナスになったことはない。20年以上運用するならNISAより安心である。

ただし、つみたてNISAには二つ問題がある。
限られた投資信託しか買えないことと、つみたてでしか買えないことだ。

1)限られた投資信託しか買えない
NISAはあらゆる株や投資信託を買うことができるのに対し、つみたてNISAでは国が定めた投資信託しか買えない。
投資初心者が変な商品に引っかからないという意味では良いのだが、慣れた投資家からすると大きなお世話である。
米国株で言うと、S&P500連動投資信託は買えるのだが、リターン最強のQQQ(ナスダック)連動投資信託が買えないのは不満だ。
国は低リスク商品を集めていると説明しているが、新興国株はナスダックよりリスクが高い。新興国株は買えるのにナスダックは買えないのはおかしい。

2)つみたてでしか買えない
NISAは好きなタイミングで買えるのに対し、つみたてNISAはつみたてでしか買えない。
もちろん、つみたてにはつみたてのメリットがある。
投資家には暴落している時は恐怖にかられて売りたくなり、暴騰している時は欲にかられて買いたくなる本能がある。だが、後から見ると、暴落している時こそ買いチャンス、暴騰している時は売りチャンスであることが多い。本能に従って売買すると損をしてしまうのだ。
つみたて投資には投資家の本能を制御し、機械的に投資できるというメリットがある。だが、それは投資家は自動給餌器よりアホだと言っているに等しい。

今後値上がりするか値下がりするかは分からないが、PERやイールドスプレッドや長期移動平均線乖離率やFear&GreedIndexを見れば、現在が割高か割安かぐらいは分かる。
割高でも割安でも毎月同額ずつ機械的に買って行くのはあまりに芸がない。

ネット証券の多くでは、つみたてNISAで年二回ボーナス月を設定できる。毎月の給料日以外に、ボーナス日にも買い付けできるようにという配慮だが、これを使えば年二回タイミング投資をすることができる。

つみたてNISAの非課税枠は年間40万円なので、毎月均等に投資すると一ヶ月33333円だ。
だが、ボーナス月設定を使えば、下記のような設定も可能だ。※
1)毎月3万円、ボーナス月2万円×2
2)毎月2.8万円、ボーナス月3.2万円×2
3)毎月1万円、ボーナス月14万円×2
4)毎月100円、ボーナス月19.94万円×2

ボーナス月を年末に設定しておいて、下落が来たらボーナス設定を翌日に変更することで、年二回まとまった額を買い付けることができる。
(例えばボーナス月の買い付け日を12/28,12/29などにしておき、3/19の急落を受けて12/28を3/20に設定変更すれば、3/20に買うことができる。)
4)のような設定にしておいて下落の底を見極められれば、40万円の非課税枠の大半を、大底の2日間で使い切ることできる。

私は2)の設定にしていたのだが、2月の押し目と3月初めの暴落初期で2回のボーナス月の買い付けを使いきってしまい、暴落の底付近では指をくわえて見ているしかなかった。

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私のような自動給餌器以下の凡人投資家はボーナス月は設定しないか1)程度に止め、3),4)のようなリスキーな設定はしない方が良いだろう。

※証券会社によってはできないかも知れないので、詳しくはお使いの証券会社のHPでご確認下さい。

ボトルコーヒーレビュー

会社では無料で飲める泥水のような味のインスタントコーヒーを飲んでいた。
緊急事態宣言以降、自宅勤務になったので、スーパーで安いボトルコーヒーを買って飲むようになった。消費量が増えたので近所のスーパーで売っているコーヒーを飲み比べてみた。

商品名/製造販売者/内容量/100ml当たりのカロリー/近所の安売りスーパーの値段(税抜き)

職人のコーヒー 低糖/UCC上島珈琲/930ml/6kcal/76円

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苦みが強いのが特徴で焦げたパンみたいな味。
他より少し量が多いのに最も安く、カロリーが低い。
苦み走ったコーヒーが好きな人や価格重視な人におすすめ。


「ブレンディ」ボトルコーヒー 低糖/味の素AGF/900ml/16kcal/99円

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香料と乳化剤が入っており、コーヒーゼリーのような味。
カフェオレ推奨と言うだけあって甘みが強く、牛乳とよく合う。
苦味の少ないコーヒーが好きな人におすすめ。


NESCAFE Excella 甘さひかえめ/ネスレ日本/900ml/11kcal/89円

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私が普段飲んでいるコーヒー。
ブレンディに近いが、ブレンディよりは多少苦味がありバランスが良い。
ほどほどに苦いコーヒーが好きな人におすすめ。


アイスコーヒー/トモヱ乳業・ビッグ・エー/1000ml/19kcal/89円

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ボトルコーヒーではなく紙パックコーヒー。唯一アラビカ種コーヒー豆使用と豆の種類が書いてありこだわりを感じる。
職人のコーヒーよりさらに苦い。味が濃くカフェインが強い感じがする。
目を覚ましたい人におすすめ。


私はいつもコーヒーに99円の低脂肪乳を入れて飲んでいるのだが、ためしに163円の普通の牛乳に変えてみたら驚くほど美味しかった。
美味しいコーヒーを飲みたいなら、コーヒーの銘柄なんかより牛乳の方が重要である。

先行指標で暴落を察知できるか―株価指数編

2020年2~3月の株は歴史的暴落となった。S&P500は35%も下落して数年分の利益が吹き飛んだ。
もし暴落を事前に察知して高値で売り抜けることができれば、大きな利益を得ることができる。
株は半導体株のような景気敏感株と生活必需品株のようなディフェンシブ株に分けられる。景気敏感株は景気変動によって業績が大きく変動するため、景気が悪化しそうになるといち早く売り払われる。従って、景気敏感株で構成された株価指数には先行性があると言われている。

S&P500のような主要株価インデックスに先行して動く指標として、よく上げられるのは次の3指数だ。

フィラデルフィア半導体SOX指数)
台湾セミコン、インテルなどの半導体メーカーで構成される指数。
半導体は「産業のコメ」と呼ばれ、景況感に大きく左右される。

ラッセル2000
米国の時価総額1001-3000位の小型株で構成された指数。
小型株は倒産リスクが高いことからいち早く反応する。

ダウ輸送株平均
デルタ航空FedExなど米国の物流銘柄で構成された指数。
物や人の動きが活発かどうかをいち早く反映する。

そこで、過去の暴落時にこの3指標がS&P500に先行して動いているかどうか調べてみた。


2020年2月の暴落(コロナショック)時の4指数のチャートを示す。(2020年2/3を100とした。横軸は2/3を1日目とした日数。)

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GSPC:S&P500、DJT:ダウ輸送株平均、SOX:フィラデルフィア半導体、RUS:ラッセル2000
株価がピークをつけたのは同日か1日遅い。3指数に先行性は見られない。
一方、株価が底値をつけた日は、SOX指数とラッセル2000が3営業日早い。反発に関しては先行して動いたと言える。


2018年10月の暴落時のチャートを示す。(2018年8/27を100とした。)

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株価のピークはSOX指数、ラッセル2000、ダウ輸送株平均がそれぞれS&P500より12,13,4営業日先行していた。
底値をつけた日は4指数とも12/24で同日だった。市場全体の株が一気に売られた激しいセリングクライマックスだったと言える。


2008年10月の暴落(リーマンショック)時のチャートを示す。(2007年5/1を100とした。)

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株価のピークはSOX指数、ラッセル2000はそれぞれS&P500より59,61営業日先行していた。
ダウ輸送株平均は57営業日前に一旦ピークをつけたが、S&P500のピークの165営業日後に最高値を更新している。この最高値は結果的にミスリードであり、先行性のあるダウ輸送株平均が上がっているからS&P500も回復するだろうと買い向かった投資家は暴落に巻き込まれた。
底値をつけた日はSOX指数のみ72営業日先行していた。


まとめ
株価のピーク・ボトムに関しては、ラッセル2000やSOX指数がS&P500に先行することもあることが分かった。ダウ輸送株平均は両指数より先行性が弱い。物流への依存度が低いIT関連銘柄のウェイトが高まっているからだろう。
高値圏でラッセル2000やSOX指数が下がり始めたのにS&P500が上昇を続けている時は、急落が近づいている可能性がある。景気敏感株を売って現金比率を高めるなど、ポートフォリオの守りを固めても良いかもしれない。
ただし、2020年2月の急落のように、突如として暴落が起こる際は、先行指標も先行する余裕がない。過度な期待はしない方が良いだろう。

メイドインアビス4,5巻感想――愛の物語

(本稿はメイドインアビス4,5巻のネタバレを含みます。)

メイドインアビス』(つくしあきひと著、竹書房)は探窟家の子供リコと機械人形のレグがアビスという縦穴を底へ向かって降りていく物語だ。リコとレグは黎明卿ボンボルドの元から逃げてきたナナチを仲間に加え、リコの母親が待つ下層を目指す。
4,5巻はリコ達がボンボルドとその娘プルシュカと邂逅する話で最近映画化された。

ボンボルドは一筋縄ではいかないキャラクターだ。
貧民窟の子供を連れてきて人体実験を行っている非道な奴である一方、プルシュカにとっては愛情溢れる最高の父親でもある。
これだけなら、仕事とプライベートの顔が違う二面性を持ったキャラクターとも言えるが、ボンボルドの場合実験対象の子供に対しても愛情を注いでいる節がある。
ボンボルドは子供たちを犠牲にして、自分がアビスの呪いから逃れるための装置を開発している。
最初は他人を犠牲にして自分だけを大事にするエゴイストなのかと思っていたが、読み進めていくと、自分のことも犠牲にしていることが判明し、さらに訳が分からなくなる。

ボンボルドが捉えがたいのは我々が持つ二つの常識が邪魔をしているからだ。愛している相手は大切にするという常識と愛とは良いものであるという常識だ。


1.愛している相手は大切にするという常識
普通の人は愛している人を他人より優遇する。誰だって沈みゆく船で誰か一人しか助けられないなら、知らない他人より愛する我が子を助けるだろう。
従って、ボンボルドが愛娘に酷いことをするのを見ると、娘を愛していなかったのだ、と思ってしまう。だがそうではない。
ボンボルドは愛と判断を完全に切り分けているのだ。

ボンボルドは目的のためにはどうするのが最善かだけを考えており、愛する人はおろか自分ですら平気で犠牲にする。
「狂人とは理性を失った人ではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である」という言葉があるが、ボンボルドにはこの定義がぴったり当てはまる。
普通の人間はどれほど客観的に行動しようとしても主観に左右されてしまうものだが、ボンボルドは完全に主観を排除して判断することができる。極めて理性的、合理的だが、主観とは人間そのものだから、完全に主観を排除してしまったら、そこに人間は残らない。
ボンボルドはアビスから精神性を生物ではないと判断されてしまうと語っていたが、あまりに客観的で合理的すぎると狂人どころか人間ですらなくなってしまうのかも知れない。


2.愛とは良いものであるという常識
多くの人は愛を良いものであると考えている。愛情深い人と言うと、優しい善人を想像する。
だが、仏教では愛は執着の一種であり捨て去るべきものとされている。実際、愛が原因でストーカー殺人が起きたりする。愛は相手に対する強い執着・興味なので、良い方に作用すれば人を幸せにするが、悪い方に作用すれば不幸にする。
愛には良い面と悪い面がある。本作では愛の良い面を祝福、悪い面を呪いと呼んでいる。

ストーカー殺人を起こすような奴が抱いている感情は愛ではないと言う人もいる。だが、それは単なる定義の問題だ。
メイドインアビスにおける愛(広義の愛)は良い面と悪い面の全てを内包する。一方、愛とは素晴らしいものだと考える人は、広義の愛の中の良い面のみを愛であると定義している。だが、良い面と悪い面はそんなきっちり分けられるものだろうか。

好奇心は対象に対する強い興味だから広い意味では愛と言える。
好奇心や探求心は良いものだと思われているが、ボンボルドを見ていると、良いものであるのは倫理観の枠内で発揮されている時だけであることが良く分かる。
もしボンボルドが好奇心をセーブできていれば、プルシュカが夢見た幸せな結末を迎えることもできたはずだ。ボンボルドの好奇心は周囲から見れば呪いに他ならない。

作者のつくしあきひと氏はロリコンショタコンだと思われるが、普通の異性愛者というマジョリティーだったら愛とは祝福であり呪いでもあるというテーマは思いつかなかったかもしれない。
他者から祝福を受ける同年代相手の異性愛と違って、ロリコンショタコンが祝福されることはない。決して叶うことのない愛を抱えていなければ、愛とは呪いでもあるということには気づくまい。
ロリコンショタコンは子供を害する悪しきものだと思われているが、芸術に昇華させれば『メイドインアビス』のような傑作を生み出す原動力にもなるのだ。

ボンボルドはナナチに「どうか君たちの旅路に溢れんばかりの呪いと祝福を」と告げる。
これを読んだ時、最初は嫌がらせで言っているのかと思った。なぜ旅路に呪いが必要なのか。祝福だけで良いだろう。
だが、何度も読み返した結果、ボンボルドは本心からナナチに溢れんばかりの呪いと祝福が降りかかることを願っているのではないかと思い至った。
ボンボルドは善悪の彼岸にいるキャラクターだ。彼の行動を善意、悪意で考えると読み違える。
ボンボルドは呪いと祝福の両方が揃ってこそ完全な愛だと思っている節がある。プルシュカは生を呪う苦しみの子だから祝福だけを与えた。そこには善意も悪意もない。だが、プルシュカやナナチに強い関心を抱いていて接してきたことは間違いない。

ボンボルドは倫理観を欠いた非道な奴だが、広義の意味では非常に愛情深いキャラクターなのだ。


3.アビスの呪いと祝福
メイドインアビスの世界ではアビスに入った探窟家が上に移動すると上昇負荷がかかって様々な障害を引き起こす。
これはアビスが愛する探窟家を離すまいとしているように見える。別れを告げた恋人に対し、執着心から暴力を振るうのとそっくりだ。
だが、ボンボルドによるとアビスは上昇負荷という『呪い』だけでなく『祝福』も与えているのだと言う。
このことは愛が独占欲によって時に相手を傷つける一方で、心の安らぎも与えることのメタファーになっている。

メイドインアビスは愛の物語なのだ。

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