東雲製作所

東雲長閑(しののめのどか)のよろず評論サイトです。

変なものを切り捨てない―無人在来線爆弾感想

(本稿は『シン・ゴジラ』のネタバレを含みます。文中敬称略。)
 『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督、樋口真嗣監督)を見終わった時、私の頭の中はこのような状態だった。

f:id:shinonomen:20190314191255p:plain

無人在来線爆弾 70%
石原さとみの怪演 20%
内閣総辞職ビーム 5%
その他 5%

 それまでは頭の中に色んな感想が渦巻いていたのに、最後に登場した無人在来線爆弾に全部持っていかれた。
 なぜ無人在来線爆弾はそれほどインパクトが大きかったのだろうか。

  第一に、無人在来線爆弾という言葉自体がパワーワードであることが上げられる。在来線という日常的で全然強そうじゃない言葉と爆弾という非日常の劇的な言葉をくっつけたことにより二物衝突が起こり、強く印象に残る。無人新幹線爆弾より在来線爆弾の方が話題になったのは、在来線の方が爆弾とのギャップが大きいからだろう。

 第二に、小学生みたいな発想であることが上げられる。これまでの政治機構や作戦の描写はリアリズムに基いているのに対し、無人在来線爆弾だけ児童向けアニメのようなリアリティだ。映像もいかにもミニチュアで撮ったと分かるもので、これまで積み上げてきたリアリティが一気に崩壊した。映画全体のバランスを考えるなら、無人在来線爆弾のアイデアはカットすべきだ。無人在来線爆弾が無くてもストーリー上何の支障もないのだから。

 だが、無人在来線爆弾は私の心に深く刻み込まれた。初めて見てから一年以上が経ち、他のシーンの多くは忘れてしまっても、無人在来線爆弾のことは決して忘れることはない。映画の価値とは全体のバランスではなく、印象深い断片にあるのではないだろうか。そういう意味では、無人在来線爆弾は『シン・ゴジラ』で最も優れた断片だと言える。

  日本は全体の調和を重んじがちな社会だ。無人在来線爆弾石原さとみの怪演のように全体の調和を乱す変なものを切り捨てず、生かしていくのは、これからの日本社会において必要なことだ。そして、それこそが『シン・ゴジラ』のテーマでもあるのだ。

 

過ちを認めないと再起できない―生き残りのディーリング感想

 『生き残りのディーリング 決定版 投資で生活したい人への100のアドバイス』(矢口新著、パンローリング)は多くのプロディーラーが座右の書としているという名著だ。書かれたのは2001年だが、原則的なことが書かれているので、内容は古びていない。

 私は主に長期投資の本を読んでいたので、「損切りオーダーをつけて節目節目で買い迎えば、大底での買い余力が大きい」といったテクニックは新鮮だった。

 本書で最も感心したのは「ポジションの量と保有期間が方向を決める」という教えだ。
 ある株の買い手と売り手が一人ずつだとする。買い手が一年間、売り手が一日だけポジションを持つと、売り手は売ろうとしても買い手がいないため、価格は限りなく上昇する。
 私は相場の流れは投機筋によって大きく左右されていると思っていた。だが、短期売買を繰り返す投機筋にはトレンドは作れない。大きなトレンドは、実需など長期にわたってポジションを保有する人の売買によって決まっているという本書の指摘を読んで、目からうろこが落ちた。

 本書で繰り返し説かれているのが、損切りの徹底となんぴんの厳禁だ。

 損切りについて本書はこう説いている。
 損は切るもの。アゲインストのポジションは持ってはならないものなのです。
 アゲインストのポジションからは、まともなものは何ひとつ生み出せません。必要以上のエネルギーを消費させ、相場観を狂わせ、機会利益を減少させ、ひいては取り返せないほどの損を抱える危険をはらんでいるのです。

 また、なんぴん買いは「ルーレットなどで負け続けても、やられた分の倍額を賭け続ければ、一回の勝ちで全額取り戻せると考える博打戦法と同じ」であり、「勝つ確率は確かに高まりますが、膨大なリスクに比べて、期待利益があまりにも小さい」と痛烈に批判している。

 買ったものが値下がりしたということは、自分の判断のあやまちを、相場が教えてくれたのです。
 大切なのは、その後の態度です。ここは謙虚にあやまちを認め、一度損切って出直すべきところです。

 塩漬け株を持っている私には耳が痛い。


 損切りの徹底を説く本書の主張は、他の投資本と対立しているように見える部分もある。

 投資の初心者向けのベーシックな投資本では、世界的に広く分散された低コストのインデックスファンドをドルコスト平均法でコツコツ積み立てろと説いているものが多い。インデックスファンドを積み立てるような場合 値下がりして赤字になった時に売らずに買い増すと、損切りせずになんぴんしていることになる。
 また、ウォーレン・バフェット氏は株を十分割安だと信じる価格で買ったら、下がっても損切りはせず、適正価格になるのをじっと待つという投資法で巨万の富を築いた。
 矢口氏の主張と相反するようだが、どちらが正しいのだろうか。


 重要なのはもくろみが崩れたかどうかだ。
 インデックスファンドの積み立ては短期的な値動きは気にせず黙々と積み立てていけば、市場平均のリターンが得られるというもくろみで投資している。従って、短期的に値下がりしたからと言って、当初のもくろみが崩れた訳ではないため、損切りする必要はない。

 バフェット氏の場合も、短期の値動きに関わらず三年ぐらい保有すれば適正価格になるだろうというもくろみで投資している。短期的に下落してももくろみが崩れた訳ではないから損切りしなくて良い。
 バフェット氏は三年程保有して十分なリターンが得られなかった株は売却している。氏ももくろみが崩れた場合はあやまちを認めて軌道修正しているのだ。

 一方、短期で利ざやを稼ごうとして保有したのに、下落したら長期保有すれば上がるとばかり塩漬けにしたりなんぴんしたりするのは、もくろみが崩れたのに、そのことと向き合っていない、「損を認めたくないための、臆病な行為」にすぎない。

 過ちを認めない人は、同じ失敗を繰り返す。過ちと向き合わないと再起できないのだ。

 

にほんブログ村 株ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

麺巧潮の(白)はオールタイムベストラーメン

 麺巧潮の『(白)鶏白湯そば』(870円)は私のオールタイムベストラーメンだ。

f:id:shinonomen:20190301175554j:plain

(白)鶏白湯そば

 (白)は洋風の、超斬新なラーメンだ。変わったラーメンは目新しさが売りで、美味さではオーソドックスなラーメンに劣ることが多いが、白はそんなことはない。

 (白)の特徴は何といっても黄色のとろっとしたスープだ。濃厚な鶏ガラスープとクリームの旨味が合わさって、初めて食べた時はくわっと目を見開いた。ホテルで「大山鶏のポタージュ~肉巻きアスパラとポーチドエッグを添えて~」とかいう名前で出せば3000円くらい取れる味で、こんな値段で食べられる有難さに拝みたくなる。
 麺はそうめんのような柔らかな細麺で、ラーメンよりカルボナーラに近い。
 トッピングはブロッコリー、ポーチドエッグ、肉巻きアスパラという洋風スープならではのラインナップ。特に肉がミルフィーユのように重なった肉巻きアスパラが絶品。まぶされた黒胡椒が良いアクセントになっている。

 麺巧潮にはもう一つ『(黒)にほんいち醤油そば』(870円)という看板メニューがある。

f:id:shinonomen:20190301175459j:plain

(黒)にほんいち醤油そば

こちらは醤油と魚出汁にこだわったオーソドックスな醤油ラーメンを洗練させた一品で、美味しいが、天下一品であっさりを頼むような感じだ。せっかく麺巧潮に行くのなら、他では食べられない白を注文したい。

 麺巧潮の基本メニューは(白)と(黒)だけだが、平日18時以降限定で『海老白湯そば』(980円)が食べられる。(白)にエビのスープを追加し、エビフライを載せたエビ尽くしラーメンで、エビ好きにはたまらない一品だ。私はそこまでエビ好きではないので、(白)の方が好きだ。

 (白)の欠点はスープを飲み干すといかにも高カロリーなことだ。だが、こんな美味しいスープを飲み干さないなんてことができようか。
 毎週のように通うのではなく、ここぞという時に食べに行くようなラーメンだ。

f:id:shinonomen:20190301175807j:plain

麺巧潮

tabelog.com

先進国債券はいつ買えば良いのか

 先進国株式の買い時ははっきりしている。株が暴落している時だ。株の暴落時はリスク回避の円高になるので、ドル建ての株式は二重に割安になる。
 一方、先進国債券の買い時は複雑だ。リスクが高まると株を売って安全な債券を買う人が増えるため、債券が値上がりする。リスクが下がってくると、債券から株に乗り換える人が増えるので、債券は値下がりする。つまり、リスクが高まっている時は円高だが債券は高く、リスクが下がると債券は安くなるが円安になってしまう。

 一体、いつ買えば良いのか。そこで、昨年一年間の、先進国債券価格(eMAXIS Slim先進国債券の基準価額)とドル円レート、米国10年国債利回りから逆算した米国10年債価格の相関を取ってみた所、下記の結果となった。
 先進国債券価格とドル円レートの相関=0.45
 先進国債券価格と米国10年債価格の相関=0.16
 先進国債券価格は米国10年債価格よりドル円レートとの相関が高いことが分かった。先進国債券は、米国債だけでなく、欧州債など、色々な債券が混ざっているからだろう。

f:id:shinonomen:20190226183816p:plain

 先進国債券価格とドル円レート、米国10年債価格の年初を100とした値動きを示す。短期的な形はドル円レートと連動しているが、長期的には米国10年債価格の寄与も大きい。

 結局の所、いつ買えば良いのだろうか。日本円で投資信託ETFを買う場合、円高になった時に買うのが良いだろう。ただし、円高になった時は株の買い時なので、先進国債券を買う金があるなら先進国株式を買った方が良い感は否めない。
 ドルで買う場合は円高になった時にドル転し、混乱が落ち着いて価格が下がってから債券を買うのが良い。しかし、債券価格は単純にリスクと比例するわけではない。リスクが非常に高まると債券も下がるし、FRBの政策にも大きく左右される。債券が下がるのを待っている間にFRBが利下げに踏み切れば、債券価格は値上がりしてしまう。なかなか良い買い場を探るのは難しい。

 債券の主な役割は、資産全体のリスクを軽減することと、株が暴落した時に売り払って株を買うための資金にすることだ。しかし、外国債券は為替によって大きく価格が変動し、どちらの面でも十分な役割を果たせない。
 外国債券は無理に買わなくても良いのではないだろうか。

 

何故いだてんの語りが不評なのか

(本稿は『いだてん~東京オリムピック噺~』の抽象的ネタバレを含みます。文中敬称略。)

 大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(宮藤官九郎脚本)におけるビートたけしの語りが不評だ。一緒に観ていた母が「たけしが出てくるとしらけるから止めて欲しい」と言っていたが、同様の感想を持つ人は多いらしく、いくつか記事が上がっていた。

headlines.yahoo.co.jp

 不評な理由の一つ目は、ビートたけしの語りが落語家らしくないことだ。役者もやっている落語家は大勢いるのに、なぜ落語家に頼まなかったのだろうか。
 第二の理由は構造が複雑すぎることだ。森山未來演じる若き日の志ん生と、ビートたけし演じる熟年の志ん生が交互に語りを担当しているのだが、第一話を見逃した人は、二人が同一人物だとは分からないだろう。老人や子供も見ているのだから、必要以上に複雑にしない方が良いのではないか。

 だが、最大の原因は落語がメタ的扱いに向いてないからではないか。

 落語をメタ的に扱った傑作にアニメ『昭和元禄落語心中』がある。石田彰山寺宏一という声優界を代表する実力派が本物の落語家ばりの見事な語りを披露しており、作画も申し分ない。だが、それであっても、作中の落語で声を上げて笑うことはなかった。
 作中の高座シーンは、落語そのものを聞かせるためにあるのではなく、ドラマ上の何かの象徴として登場する。それは『タイガー&ドラゴン』といった他の落語ドラマであっても同じだ。

 もし、ドラマ内の落語そのものが面白いのなら、現実に落語を見る時と同様、固定カメラの映像だけで視聴者は楽しめるはずだ。だが、アニメやドラマにおける高座シーンは、アングルを切り替えたり、観客の反応を入れたり、語りの内容を映像化したりしている。

 なぜ、ドラマ内のメタ的な落語にはアングルの切り替えが必要なのか。それは落語が本来没入して楽しむメディアだからだ。
 落語は文字だけで楽しむ小説に近い、情報量が少ないメディアだ。落語を楽しむには、落語家の語りと身振りから、状況を想像しなくてはならない。人が想像力を働かせるモードに入るには集中力が必要で、集中するには時間がかかる。
 そのため、落語家は話の本筋を語る前に枕を語って、徐々に観客を話の世界に引き込んでいく。
 さらに、笑いはちょっと場の空気が変わっただけで笑えなくなってしまうような繊細なものだ。観客に合わせて落語家が語りを調整することで、初めて笑いが成立するのだ。

 一方、ドラマは視聴者が視覚的に想像する余地がない刺激の強いメディアだ。そのため、ドラマ内に落語を入れ込むと、視聴者は頭が落語を聞くモードになっていない状況でいきなり落語を聞かされるので滑っているように感じ、違和感を覚えてしまうのではないだろうか。

www.nhk.or.jp

VIX指数が高い時は合理的理由で株価が急落、急反発する

 前回の記事でVIX指数35以上でS&P500の実績PER20以下なら絶好の買い場だと書いた。

shinonomen.hatenablog.com

 VIX指数が高い時、株価が割安になるのは、投資家が恐怖にかられて愚かにも割安な価格で株を投げ売ってしまうからだと思われがちだ。
 だが、実際は、投資家達が合理的に行動した結果、割安になるのだ。

 「株を売った方が良い場合まとめ」で下記の二通りの時は株を売った方が良いと書いた。

shinonomen.hatenablog.com


1)明らかに本質的価値より高い場合
2)高確率で下落する場合

 VIX指数が高い時は高確率で下落するので、本質的価値とは関係なく、いったん売り、下落後に買い戻した方が得だ。従って、昨年末のような時に投資家が株を投げ売りするのは血迷ってアホな行動に出ているのではなく、合理的な行動なのだ。本質的価値とは関係なく売った方が得なのだから、株は割安な価格まで売り込まれる。

 しかしながら、合理的なのは、下落後にきちんと株を買い戻せた場合だ。もし株を買い戻せなければ、単に割安な価格で売って損をしたアホになってしまう。投資家は損をしたくないので、株価が底を打った後は我先に買い戻そうとする。そのため、今年一月のように急激に株価が戻るのだ。

 実際は、下落後にビビって買い戻せず、単に安く売っただけの人になることも多い。また、高確率で下落すると思って売っても、売った時が底であることもある。
 VIX指数が高まった時に株を投げ売るのは理論上は合理的な行動だが、結果的に単なるアホな行動になってしまうことも多いのだ。

 

にほんブログ村 株ブログへ
にほんブログ村

パワハラなしに指導できないのが良い先生なわけないだろう――3年A組-今から皆さんは、人質です-感想

 (本稿は「3年A組-今から皆さんは、人質です-」の抽象的ネタバレを含みます。文中敬称略)

 『3年A組-今から皆さんは、人質です-』(武藤将吾脚本)は非常に続きが気になるドラマだ。回毎に構図を変えて視聴者を飽きさせない構成が上手く、ミステリー的面白さもある。菅田将暉と伸び盛りの若手俳優のぶつかり合いは迫力があって引き込まれる。

 問題は生徒を人質に取って教室に立てこもっている柊が素晴らしい先生だったという結論で終わりそうなところだ。「女王の教室」の時も天海祐希演じるパワハラ教師が世間的には素晴らしい先生だということになってしまった。

 どんな目的があろうとも生徒を監禁するような犯罪をしてはいけないのは当然だが、指導方法にも問題がある。柊は生徒を監禁し、強制的に話を聞かねばならない状況を作った。その上、生徒に暴力を振るったり、怒鳴り散らしたりする必要があるだろうか。
 生徒に自分で考え、気付いて欲しいのなら、言いたいことをがなりたててパワハラするのではなく、穏やかに気付きのヒントを語るに止めるべきではないか。怒鳴らないと伝えらないのであれば、指導力が低いと言わざるを得ないだろう。

 別に私はこういうドラマを作るなと言っているわけではない。理不尽な状況を作って視聴者に反発を感じさせるのは視聴者の興味を引きつける有効な手段だ。
 私が言いたいのは、最終回でちゃんと柊が茅野達生徒から「先生の目的は分かりました。しかし先生の取った行動は間違っています」と断罪され、司法の裁きを受けるべきだということだ。そうでないと、視聴者に「情熱があれば子供にパワハラしても良いんだ。子供も感謝しているじゃないか」という誤ったメッセージを送ることになる。

 自分や自分の子供が先生から監禁、脅迫され、PTSDになっても良いと思うのでなければ、柊のことを賞賛すべきではない。

www.ntv.co.jp